女性大臣の日 (記念日 7月19日)
- 入閣日
- 1960年7月19日
- 初の女性大臣
- 中山マサ(厚生大臣)
- 当時の年齢
- 69歳
- 在任期間
- 約5ヶ月
- 入閣を進言
- 大平正芳(後の内閣総理大臣)
- 実現した施策
- 母子家庭への児童扶助手当支給
1960年(昭和35年)7月19日、第1次池田内閣に中山マサが厚生大臣として入閣し、日本で初めて女性が大臣の座に就きました。当時69歳でした。入閣を進言したのは、後に内閣総理大臣となる大平正芳です。在任期間は5ヶ月と短いものでしたが、その間に母子家庭への児童扶助手当支給を実現させています。
中山マサは1891年(明治24年)1月19日、長崎市にイギリス人の父と日本人の母の一人娘として生まれました。地元の活水高等女学校を卒業後、単身アメリカに渡り、アルバイトをしながら米国オハイオ州のオハイオ・ウェスリアン大学を卒業しています。帰国後は活水女子英語専門学校や長崎市立高等女学校で教壇に立ち、弁護士で後に自民党参議院議員となる中山福蔵と結婚して大阪に移住しました。
政治の舞台に立ったのは戦後のことです。1947年(昭和22年)の第23回衆議院議員総選挙に民主党公認で旧大阪2区から立候補し当選。以後、当選8回を重ねました。民主党では幣原喜重郎派に所属し、幣原に従って民主自由党へ移行。保守合同後は大野伴睦・船田中派に属しました。1953年(昭和28年)発足の第5次吉田茂内閣では厚生政務次官を務め、閣僚入りへの足がかりを積み上げていきました。1969年(昭和44年)に四男の中山正暉に地盤を譲って引退し、1976年(昭和51年)10月11日、85歳で死去しました。長男の中山太郎、四男の正暉、孫の中山泰秀と三代にわたって衆議院議員を輩出した政治家一族の母でもあります。
「女性大臣の日」はこの入閣を記念した日です。日本初の女性大臣誕生から60年以上が経過した現在も、閣僚に占める女性の割合は国際比較で低い水準にとどまっています。中山マサが切り開いた道のりは、今日の政治参加をめぐる議論と地続きになっています。
7月19日の他の記念日
7月19日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)