著作権制度の日 (記念日 7月22日)
- 施行日
- 1899年(明治32年)7月22日
- 起草者
- 水野錬太郎
- 廃止された旧法
- 版権法・脚本楽譜条例・写真版権条例
- 加盟条約
- ベルヌ条約(1886年採択)
- 現行法の制定
- 1970年(昭和45年)全面改正
- 現在の保護期間
- 著作者の死後70年
明治32年、日本がベルヌ条約に加盟するための「入場券」として、ひとつの法律が生まれました。1899年7月22日に施行された著作権法です。起草者は、のちに内務大臣や文部大臣を歴任する水野錬太郎。当時まだ30代だった水野は、欧米列強との不平等条約を改正するために、知的財産の保護体制を国際水準に引き上げるという外交上の使命を背負っていました。
この法律が画期的だったのは、保護の対象を一気に広げた点にあります。それまで日本にあったのは、1893年改正の「版権法」と、明治20年に勅令で定められた「脚本楽譜条例」「写真版権条例」の3つ。版権法は書籍や図画だけ、脚本楽譜条例は文字どおり脚本と楽譜だけ、写真版権条例は写真だけと、保護対象が縦割りに分かれていました。新しい著作権法はこれらをすべて廃止し、「著作物」という概念のもとに一本化したのです。さらに、従来の登録主義(届け出なければ保護されない)から、ベルヌ条約に合わせた無方式主義(創作した時点で自動的に権利が発生する)へと転換しました。
この明治32年法は、実に70年以上にわたって日本の著作権制度の骨格であり続けました。現行の著作権法が制定されたのは1970年(昭和45年)。テレビ放送やレコードの普及など、明治の起草者が想像もしなかったメディアの変化に対応するための全面改正でした。条文数は旧法の約50条から、新法では100条を超える規模に膨れ上がっています。
その後も改正は頻繁に行われています。1985年のコンピュータ・プログラム保護の明文化、1997年のインターネット送信にかかる公衆送信権の整備、2012年の違法ダウンロード刑事罰化、そして2018年の環太平洋パートナーシップ協定(TPP11)対応による保護期間の「著作者の死後50年」から「死後70年」への延長。技術と社会の変化に追いかけるように、著作権法は形を変え続けています。
7月22日は、著作権制度の日。明治の外交交渉から始まったこの制度は、127年を経た現在、AIによる生成物の著作権という新たな問いに直面しています。水野錬太郎が書き上げた数十条の法律が、ここまで長く、ここまで広く影響力を持ち続けることになるとは、本人も予想していなかったかもしれません。
7月22日の他の記念日
7月22日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)