明治天皇祭 (記念日 7月30日)

明治天皇祭
崩御日
1912年(明治45年)7月30日
享年
61歳
在位期間
1867年〜1912年(44年間)
祭日の期間
1913年〜1926年(大正時代)
後継の祭日
明治節(11月3日・1927年制定)
現在の11月3日
文化の日(1948年制定)

1912年7月30日午前0時43分、明治天皇が崩御しました。

翌1913年(大正2年)から、崩御の日である7月30日は「明治天皇祭(先帝祭)」として祭日に定められました。鎖国から開国へ、封建制度から近代国家へという激動の変革を象徴する天皇を、国をあげて追悼する日となりました。この祭日は大正時代を通じて続き、1926年(大正15年)まで毎年執り行われています。

明治天皇の在位期間は1867年から1912年までの44年間に及びます。大日本帝国憲法の発布(1889年)、帝国議会の開設(1890年)、日清戦争・日露戦争の勝利など、日本が近代国家として国際社会に確固たる地位を築いた時代と重なります。軍人勅諭や教育勅語も、この時代に天皇の名のもとで発せられました。欧米のメディアは崩御の報に際し「1,000年以上かかる国の進展をわずか60年で成し遂げた」と賛辞を伝え、その治世の規模を世界が認識していたことを示しています。

明治天皇祭が終了した翌年、1927年(昭和2年)には制度が改められました。崩御日の7月30日に代わり、明治天皇の誕生日(旧暦1852年9月22日)を新暦に換算した11月3日が「明治節」として祭日に制定されたのです。崩御を悼む日から、誕生を祝う日へ——追悼から顕彰へという性格の転換でした。

明治節は四方拝・紀元節・天長節とともに「四大節」の一つに数えられ、学校や軍隊では式典が催されました。この11月3日は、戦後の1948年に「文化の日」として現在まで引き継がれています。明治天皇祭という名称は歴史の中に消えましたが、その日付は形を変えて今も国民の祝日として息づいています。

7月30日のカレンダー情報

六曜 仏滅
吉日 神吉日、大明日、母倉日、巳の日
月齢 15.7

7月の二十四節気・雑節

  • 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
  • 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
  • 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
  • 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)