「大正」改元の日 (記念日 7月30日)
- 改元日
- 1912年(明治45年/大正元年)7月30日
- 即位
- 嘉仁(よしひと)親王(第123代天皇・大正天皇)
- 元号の由来
- 『易経』彖伝・臨卦「大亨以正、天之道也」
- 最終候補案
- 「大正」「天興」「興化」の3案
- 全候補案数
- 6案(「大正」「天興」「興化」「永安」「乾徳」「昭徳」)
- 採用回数目
- 5回目の候補で採用
1912年(明治45年)7月30日の深夜、明治天皇が崩御され、日本は静かに新たな時代へと踏み出しました。翌日を待たずして歴史のページがめくられ、「大正」という二文字が日本の空に刻まれることとなります。
この日、皇太子であった嘉仁(よしひと)親王が第123代天皇として即位され、新元号「大正」が制定されました。明治という偉大な時代が幕を閉じ、大正という新しい時代が幕を開けたこの出来事は、「『大正』改元の日」として現在も記憶されています。
「大正」という元号の由来は、中国儒教の経典である『易経』彖伝・臨卦の一節「大亨以正、天之道也(大いに亨りて以て正しきは、天の道なり)」にあります。大いに物事が通じ、正しい道を歩むことこそ天の理法であるという意味を持つこの言葉は、新時代への願いと理想を力強く表現しています。
実は「大正」という元号は、この時に初めて候補に挙がったわけではありませんでした。大正天皇実録によれば、改元に際しての元号案として「大正」「天興」「興化」「永安」「乾徳」「昭徳」の6案が提示されました。最終的には「大正」「天興」「興化」の3案に絞られ、枢密顧問の審議を経て「大正」が正式に決定されました。さらに注目すべきは、「大正」はこの時が5回目の候補であったという点で、過去4回はいずれも採用されることなく見送られていた経緯があります。5度目にして初めて採用されたこの元号には、長い歴史の重みが宿っています。
大正時代(1912〜1926年)は、民主主義・自由主義の思想が広がり「大正デモクラシー」と呼ばれる文化的・政治的な開花期を迎えました。文学・芸術・思想の分野で多くの才能が花開き、近代日本が世界へと歩み出す礎が築かれた時代でもあります。わずか15年という短い時代でありながら、日本の近代史において非常に豊かな内容を持つ時代として、多くの人々に親しまれています。
日本では改元という出来事が歴史の大きな節目として特別な意味を持ちます。「大化」元号の日(6月19日)、「明治」改元の日(9月8日)、「昭和」改元の日(12月25日)、「平成」改元の日(1月8日)、「令和」改元の日(5月1日)など、各元号にはそれぞれ記念日が設けられており、それぞれの時代が持つ意味を振り返る機会となっています。「大正」改元の日もその一つとして、日本人が自らの歴史と文化を見つめ直す大切な日です。
7月30日という夏の日に、明治から大正へと時代が移り変わったあの瞬間を想像しながら、近代日本の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
参考リンク
7月30日の他の記念日
7月30日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)