宗祇忌 (記念日 7月30日)
- 生没年
- 1421年(応永28年)〜1502年(文亀2年)
- 号
- 自然斎(じねんさい)・種玉庵(しゅきょくあん)
- 師匠
- 宗砌・専順・心敬(連歌)、東常緑(古今伝授)
- 主な著作
- 「萵草」(1474年)、「竹林抄」(1476年)、「吾妻問答」(1470年)
- 編纂
- 「新撰莵玖波集」(1495年、猪苗代兼載らと共同撰進)
室町時代の連歌師・宗祇(そうぎ)が1502年(文亀2年)に没した日が、宗祇忌として知られています。連歌とは複数の人が交互に和歌の上の句・下の句を詠み継ぐ文学形式で、室町時代に貴族から武士・庶民まで広く親しまれた一大文芸です。宗祇はその連歌を芸術的な高みへと押し上げ、後代に「連歌中興の祖」と称されることになる人物でした。
1421年(応永28年)に生まれ、若い頃は京都の相国寺(しょうこくじ)に入りました。30歳頃から連歌を志し、当代きっての連歌師である宗砌(そうぜい)・専順(せんじゅん)・心敬(しんけい)に師事して技を磨きました。さらに歌人・東常緑(とうつねより)から「古今伝授(こきんでんじゅ)」を受けています。古今伝授とは勅撰和歌集『古今和歌集』の解釈を師から弟子へ秘伝として伝える口伝の制度で、これを受けることは歌の世界における最高の権威の一つとされていました。宗祇はこの伝授を受けた最初の連歌師として、和歌と連歌の両世界にまたがる権威を確立しました。
宗祇が残した著作は多岐にわたります。句集では「萵草(わすれぐさ)」(1474年)や「竹林抄(ちくりんしょう)」(1476年)を著し、連歌論として「吾妻問答(あずまもんどう)」(1470年)を記しています。1495年(明応4年)には弟子の猪苗代兼載(いなわしろけんさい)らとともに「新撰莵玖波(つくば)集」を撰進しました。この勅撰に準じる連歌集の編纂は、宗祇の連歌師としての地位を公に示すものでした。
号は自然斎(じねんさい)・種玉庵(しゅきょくあん)といい、姓は飯尾(いいお)と伝えられます。晩年も各地を旅して連歌の普及に努め、旅の途上で没したとされています。後の松尾芭蕉にも影響を与えたといわれています。
参考リンク
7月30日の他の記念日
7月30日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)