左千夫忌 (記念日 7月30日)
- 生没年
- 1864年(元治元年)〜1913年(大正2年)
- 本名
- 伊藤幸次郎
- 出身地
- 上総国武射郡殿台村(現・千葉県山武市)
- 師匠
- 正岡子規(1900年入門)
- 主宰誌
- 「馬酔木(あしび)」「アララギ」
- 代表作
- 小説「野菊の墓」(1906年)
「野菊の墓」を著した歌人・伊藤左千夫が、1913年(大正2年)7月30日に49歳で世を去りました。その忌日を「左千夫忌」と呼びます。正岡子規の直弟子として根岸派を継承し、後に斎藤茂吉や島木赤彦を育てた歌人ですが、一般には切なさのにじむ小説「野菊の墓」の作者として記憶されることの方が多いでしょう。
1864年(元治元年)9月18日、上総国武射郡殿台村(現・千葉県山武市)に生まれました。本名は幸次郎。農家の出身で幼いころから漢詩や漢文に親しみ、1881年(明治14年)には明治法律学校(現・明治大学)に入学します。しかし眼病を患い、同年に中退を余儀なくされました。この時期の挫折が、その後の文学への傾倒と無縁ではなかったとも言われています。
1900年(明治33年)、俳人・歌人の正岡子規に師事します。子規の門下では写生を基本とする「根岸派」の思想を学びました。子規が1902年に没すると、左千夫はその精神を継承し、短歌雑誌「馬酔木(あしび)」を主宰。さらに1908年には「アララギ」を創刊し、近代短歌の中核となる拠点を築きます。このアララギ派からは、斎藤茂吉・島木赤彦・土屋文明ら、昭和短歌を担う歌人たちが相次いで育ちました。左千夫が整えた写実の場が、次代の才能を引き寄せたと言えるでしょう。
小説家としての顔もあります。1906年(明治39年)に発表した「野菊の墓」は、少年・政夫と少女・民子の純粋な恋を描いた短編で、雑誌「ホトトギス」に掲載されるや大きな反響を呼びました。夏目漱石がその才を激賞したことでも知られ、その後も繰り返し映画化・ドラマ化されています。同年に「隣の嫁」、1908年に「春の潮」と小説作品を続け、歌人としてだけでなく散文作家としての実力も示しました。
歌集「左千夫歌集」(1928年)、「左千夫歌論集」(1929〜31年)はいずれも没後の刊行です。正岡子規から斎藤茂吉へと続く近代短歌の系譜において、左千夫はアララギという場を作り上げることで、短歌の写実主義を次の世代へ確かに受け渡しました。
7月30日の他の記念日
7月30日のカレンダー情報
7月の二十四節気・雑節
- 小暑(しょうしょ) 7月7日(火)
- 大暑(たいしょ) 7月23日(木)
- 夏の土用(どよう) 7月20日(月)
- 半夏生(はんげしょう) 7月2日(木)