博多人形の日 (記念日 8月2日)
- 制定年
- 2000年(平成12年)
- 制定者
- 博多人形商工業協同組合
- 起源
- 1600年(慶長5年)
- 伝統的工芸品指定
- 1976年(昭和51年)
- 制作期間
- 約2〜3ヶ月
1925年、パリ万国装飾美術博覧会。小島与一が手がけた「三人舞妓」が銀賞を受賞し、会場は騒然としました。素焼きの土から、これほど繊細な人間の表情が生まれるのか――。博多人形が「Hakata Doll」として世界にその名を刻んだ瞬間です。
8月2日は「博多人形の日」。「は(8)に(2)」の語呂合わせから、2000年に博多人形商工業協同組合が誕生400年を記念して制定しました。
その歴史は1600年(慶長5年)にさかのぼります。黒田長政の筑前入国に伴い、城下町の建設のために全国から職人が集められました。瓦師や陶工といった土を扱う職人たちが、やがて素焼きの人形をつくり始めたのが起源とされています。江戸後期になると正木宗七や中ノ子吉兵衛、白水武平といった名工が現れ、博多人形は全国へ流通するようになりました。1890年の第3回内国勧業博覧会、1900年のパリ万国博覧会への出品で国際的な評価を獲得。さらに1910年代、人形師たちが彫刻や人体解剖学を本格的に学び始めたことで、写実的な造形という独自のスタイルが確立されました。肌の温もり、衣のひだ、まなざしの奥行き。粘土と絵筆だけで人間の生命感を表現する技術は、他の人形産地には見られないものです。
制作工程もまた、気の遠くなるような手仕事の連続です。土ねり、原型づくり、型とり、生地づくり、窯での素焼き。そして最後の「彩色」と「面相」――眉や目元を細い筆で描き入れる工程が、人形に命を吹き込みます。完成までおよそ2〜3ヶ月。1976年には国の伝統的工芸品に指定されました。
「美人もの」と呼ばれる女性像は博多人形の代名詞です。一方で武者や童子、干支の動物、歌舞伎の場面など題材は幅広く、現代の世相を映した作品も生まれ続けています。8月2日には地元で人形まつりが開催され、修理や絵付けの体験イベントが行われます。400年を超えて受け継がれる土と炎の芸術は、今も博多の街に息づいています。
参考リンク
8月2日の他の記念日
8月2日のカレンダー情報
8月の二十四節気・雑節
- 立秋(りっしゅう) 8月7日(金)
- 処暑(しょしょ) 8月23日(日)