ホコ天記念日 (記念日 8月2日)

ホコ天記念日
初実施日
1970年(昭和45年)8月2日
実施地区
銀座・新宿・池袋・浅草の4地区
銀座の初日人出
通常の約10倍・23万人
日本初の恒久実施
1969年・旭川市平和通買物公園
交通事故死者数
1970年に年間1万6千人超で史上最悪

1970年(昭和45年)8月2日、東京の銀座・新宿・池袋・浅草の4地区で、日本初の大規模な「歩行者天国」が一斉にスタートしました。日曜日の午後、普段は自動車が行き交う幹線道路から車が姿を消し、代わりに人々が車道の真ん中を堂々と歩き始めたのです。

背景にあったのは、高度経済成長期の深刻な交通問題です。1960年代、日本のモータリゼーションは爆発的に進行し、自動車の保有台数は急増しました。それに伴い交通事故も激増し、1970年には交通事故による死者数が年間1万6千人を超え、史上最悪を記録しています。「交通戦争」という言葉が生まれたのもこの時代でした。警視庁はこの危機的状況に対し、「人間性を取り戻す政策」を掲げ、週末の繁華街から自動車を締め出すという大胆な施策に踏み切ったのです。

初日の銀座は異様な熱気に包まれました。通常の約10倍にあたる23万人もの人々が銀座通りに押し寄せ、真夏の炎天下、道路上にはビーチパラソルや縁台、果てはビニール製のプールまで登場しました。車道に座り込んで弁当を広げる若者たちの姿は、まさに「天国」の名にふさわしい自由な空間の出現を象徴していました。

歩行者天国の起源を厳密にたどると、東京よりも1年早い1969年(昭和44年)に、北海道旭川市の平和通買物公園で恒久的な歩行者専用道路が誕生しています。

銀座の歩行者天国は半世紀以上を経た現在も続いています。毎週土曜・日曜・祝日の正午、和光ビルの時計塔から鳴り響くチャイムを合図に、銀座中央通りは歩行者に開放されます。夏期(4〜9月)は18時まで、冬期(10〜3月)は17時まで実施され、国内外から訪れる人々が車を気にすることなく銀座の街並みを楽しんでいます。都市における「人と車の共存」を模索し続けてきた歩行者天国は、日本の都市文化を語るうえで欠かせない存在となっています。

8月2日のカレンダー情報

六曜 先勝
吉日 神吉日
月齢 18.7

8月の二十四節気・雑節

  • 立秋(りっしゅう) 8月7日(金)
  • 処暑(しょしょ) 8月23日(日)