夕爾忌 (記念日 8月4日)
- 生年月日
- 1914年(大正3年)10月27日
- 没年月日
- 1965年(昭和40年)8月4日(享年50歳)
- 没因
- 横行結腸癌
- 第一詩集と受賞
- 『田舎の食卓』(1940年)で第6回文芸汎論詩集賞受賞
- 没後受賞
- 『定本 木下夕爾詩集』(1966年)が第18回読売文学賞受賞
- 主宰誌
- 詩誌『木靴』(1949年創刊)、句誌『春雷』(1961年創刊)
薬局の店先で詩を書き、俳句を詠んだ詩人がいた。木下夕爾(きのした ゆうじ)は、広島県福山市の片隅で薬剤師として生計を立てながら、詩と俳句の両分野で戦後日本の文学史に名を刻んだ。1965年(昭和40年)8月4日、横行結腸癌のため50歳で自宅にて死去した。この日は夕爾忌として、彼の作品を愛する人々に記憶されている。
1914年(大正3年)、現在の広島県福山市御幸町に生まれた夕爾は、中学時代から詩への才能を示していた。詩人・歌人の堀口大学(ほりぐち だいがく)が主宰する詩誌『若草』への投稿詩が特選に選ばれたのは、まだ少年だったころの話である。早稲田高等学院に進学するが、養父の結核発病という不運が家業を優先させた。結局、名古屋薬学専門学校(現:名古屋市立大学)を卒業し、福山市の実家で薬局を営む道を選ぶ。文学への道を断ち切られたわけではなく、むしろその「日常の傍ら」という位置が、彼の詩の質を独特なものに育てたと見ることができる。
詩人としての本格的な歩みは、1940年(昭和15年)の第一詩集『田舎の食卓』刊行に始まる。この詩集は第6回文芸汎論詩集賞を受賞し、夕爾の名を詩壇に知らしめた。同年刊行の『生まれた家』とともに、彼の詩の世界は故郷の農村風景と日常の静けさを背景にした叙情性を特徴とする。戦後は1949年(昭和24年)に詩誌『木靴』を創刊・主宰し、詩の領域で主体的な発信を続けた。
俳句との本格的な関わりは1946年(昭和21年)、小説家・俳人の久保田万太郎(くぼた まんたろう)が主宰する俳誌『春燈(しゅんとう)』への参加から始まる。久保田万太郎は東京下町の情緒を俳句に詠んだ大家であり、その門下に加わったことで夕爾の俳句は一気に深みを増した。1961年(昭和36年)には自ら句誌『春雷』を創刊・主宰し、俳壇でも指導的立場に立つ。句集『南風妙』(1956年)や『遠雷』(1959年)は、詩人としての繊細な感覚が俳句の十七音に凝縮された作品として高く評価されている。
夕爾の死後、1966年に刊行された『定本 木下夕爾詩集』は第18回読売文学賞を受賞した。詩集が没後に受賞するという事実が、彼の文学的評価が生前よりも死後に広がったことを物語っている。薬局を営みながら詩と俳句を書き続けた50年の生涯は、芸術家が専業である必要はないという一つの証左でもある。
8月4日の他の記念日
8月4日のカレンダー情報
8月の二十四節気・雑節
- 立秋(りっしゅう) 8月7日(金)
- 処暑(しょしょ) 8月23日(日)