世阿弥忌 (記念日 8月8日)

世阿弥忌
生没年
1363年〜1443年(享年80)
観阿弥(かんあみ)
流派
観世流(能楽五流の筆頭)
代表的伝書
『風姿花伝』『花鏡』
佐渡配流
1434年(永享6年)72歳
代表作品
『高砂』『井筒』『八島』ほか

12歳の少年が、時の最高権力者の心を奪いました。1374年(応安7年)、京都・今熊野で催された猿楽の舞台に立った鬼夜叉(おにやしゃ)という幼名の少年を、室町幕府第3代将軍・足利義満が見出します。父・観阿弥(かんあみ)と共に特別な庇護を受けることになったこの少年こそ、後に能を大成する世阿弥(ぜあみ)です。1443年(嘉吉3年)の忌日にちなみ、世阿弥忌として伝えられています。

世阿弥は1363年(正平18年/貞治2年)に生まれました。幼名は鬼夜叉、藤若(ふじわか)、元服後は観世三郎元清(かんぜさぶろうもときよ)と名乗ります。「世阿弥」の名は、40代以降に帰依した浄土教の一宗派・時宗(じしゅう)の法名「世阿弥陀仏(ぜあみだぶつ)」を略したもの。「ぜ」と濁音で読むのは義満の指示によるものとされています。

義満の庇護のもとで芸を磨き、父の死後に観世大夫(かんぜだゆう)を継ぎました。

しかし義満が1408年に没すると、世阿弥の境遇は一変します。4代将軍・足利義持の時代にはまだ一定の地位を保っていたものの、6代将軍・足利義教の時代になると冷遇が決定的になりました。義教は世阿弥の甥にあたる音阿弥(おんあみ)を重用し、世阿弥の長男・観世元雅(もとまさ)は大夫の座を奪われます。元雅は1432年に伊勢で客死。そして1434年(永享6年)、72歳の世阿弥は佐渡に配流されました。将軍の寵愛を一身に受けた華やかな少年時代から、遠い離島への流罪という結末。その落差はあまりにも大きいものです。

世阿弥が残した仕事の核心は、能を「見せるもの」から「伝えるもの」に変えた点にあります。能楽論の書『風姿花伝(ふうしかでん)』では「秘すれば花なり」という有名な言葉で芸の本質を説き、『花鏡(かきょう)』では「初心忘るべからず」と記しました。これらは単なる演技の手引きではなく、日本の芸術論そのものの原型です。『至花道(しかどう)』を含む20余の伝書は、600年を経た現在も芸術や教育の分野で引用され続けています。

作品もまた圧倒的です。祝言の『高砂(たかさご)』、修羅物の『八島(やしま)』『清経(きよつね)』、鬘物の『井筒(いづつ)』、雑能の『融(とおる)』『班女(はんじょ)』『砧(きぬた)』など、現在の能の主要演目に世阿弥作が数多く並びます。観阿弥・世阿弥の芸統は「観世流(かんぜりゅう)」として現代に受け継がれ、能楽五流の筆頭として最大の流派であり続けています。

佐渡からの帰還の時期や晩年の詳細は、はっきりとわかっていません。1443年(嘉吉3年)、世阿弥は80歳で没しました。権力者に翻弄されながらも書き残した言葉が、芸の世界で今も生き続けているという事実だけが確かです。

8月8日の他の記念日

8月8日のカレンダー情報

六曜 先勝
吉日 寅の日
月齢 24.7

8月の二十四節気・雑節

  • 立秋(りっしゅう) 8月7日(金)
  • 処暑(しょしょ) 8月23日(日)