普羅忌 (記念日 8月8日)
- 本名
- 前田忠吉(まえだ ちゅうきち)
- 生年月日
- 1884年(明治17年)4月18日
- 没年月日
- 1954年(昭和29年)8月8日
- 享年
- 70歳
- 主宰誌
- 『辛夷(こぶし)』(1929年~)
- 師
- 高浜虚子
山岳俳句の第一人者として知られる前田普羅(まえだ ふら)。雄大な自然を詠み続けたこの俳人の忌日が、8月8日の「普羅忌」です。この日は二十四節気の「立秋」にあたることもあるため、「立秋忌」とも呼ばれ、俳句の世界では秋の季語に分類されています。
前田普羅は1884年(明治17年)4月18日、東京に生まれました。本名は忠吉(ちゅうきち)、別号に清浄観子があります。早稲田大学英文科を中退後、横浜裁判所での勤務や時事新報社を経て、報知新聞社横浜支局の記者となりました。1912年(明治45年/大正元年)、俳句雑誌『ホトトギス』に投句を始め、主宰の高浜虚子に才能を認められて師事します。やがて原石鼎、飯田蛇笏、村上鬼城らとともに「虚子門の四天王」の一人に数えられるまでになりました。
普羅の人生を大きく変えたのは、1923年(大正12年)の関東大震災です。この震災で家財一切を失い、翌1924年(大正13年)に富山県へ転居、報知新聞社富山支局の支局長を務めます。北陸の地で立山連峰をはじめとする山々と向き合う日々が、普羅の俳風をさらに深めていきました。1929年(昭和4年)には俳句雑誌『辛夷(こぶし)』を創刊・主宰し、報知新聞を退社して俳句に専念する道を選びます。
句集は『普羅句集』(1930年)、『春寒浅間山』(1943年)、『飛騨紬』(1947年)、『能登蒼し』(1950年)など。タイトルだけを見ても、浅間山、飛騨、能登と、山や自然への強いまなざしが伝わってきます。
晩年は戦争の被害を受け、奈良、京都、千葉、川崎と各地を転々とする生活を送りました。1954年(昭和29年)8月8日、脳溢血のため東京都大田区矢口町の自宅にて死去。70歳でした。震災や戦争に翻弄されながらも、日本の山河を詠むことに生涯を捧げた俳人の忌日は、暦が秋へと移ろう立秋のころに静かに巡ってきます。
参考リンク
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