水巴忌 (記念日 8月13日)

水巴忌
忌日
1946年8月13日
季語
本名
渡辺義(わたなべ よし)
生年・出生地
1882年・東京浅草
内藤鳴雪・高浜虚子
主宰誌
曲水(1916年創刊)

近代画家・渡辺省亭の長男として、1882年(明治15年)に東京・浅草に生まれた俳人がいます。渡辺水巴(わたなべ すいは)、本名は義(よし)。父の名声と裕福な家庭環境のもとで育ちながら、絵筆ではなく俳句の道を選びました。水巴忌は、その水巴が1946年(昭和21年)8月13日に亡くなったことにちなむ忌日で、俳句では秋の季語とされています。

水巴は日本中学校(現:日本学園中学校・高等学校)を三年で退学し、18歳で俳句によって身を立てる決意を固めます。師事したのは、旧松山藩士の俳人・内藤鳴雪と、正岡子規の衣鉢を継いだ高浜虚子。鳴雪からは古典に根ざした端正な句風を、虚子からは写生の精神を吸収し、早くから頭角を現していきます。1906年(明治39年)、24歳で『俳諧草紙』を創刊。虚子が主宰する『ホトトギス』の同人としても活動を続け、1914年(大正3年)には雑詠欄の代選者に抜擢されました。代選とは、主宰に代わって投句の選を行う役割で、同人の中でも特に信頼された俳人にしか任されない重責です。

1916年(大正5年)、自らの俳句雑誌『曲水(きょくすい)』を創刊・主宰します。水巴の句風は、画家の家に育った感性を映すように、繊細な色彩感覚と静寂の中の動きを捉える特徴がありました。句集『水巴句帖』(1922年)、『隈笹』(1935年)、『白日』(1936年)、『富士』(1943年)と、約20年にわたって作品集を世に送り出しています。随筆集『路地の家』には、浅草の下町で過ごした日々の記憶が綴られました。

1942年(昭和17年)、戦時下に設立された日本文学報国会の俳句部会で常任理事を務めます。終戦後の1946年(昭和21年)8月13日、強制疎開先の神奈川県藤沢市で64歳の生涯を閉じました。遺句集『新月』は翌年に刊行されています。

水巴の句に「白牡丹といふといへども紅ほのか」があります。白い牡丹でありながら、よく見ればほのかに紅が差している——父・省亭は花鳥画の名手として知られ、渡英して西洋画の技法にも触れた人物でした。絵と俳句、表現の手段は異なっても、対象をじっと見つめて本質を写し取る姿勢は、親子に通じるものがあります。

8月13日のカレンダー情報

六曜 先勝
吉日 一粒万倍日、神吉日、大明日、母倉日
月齢 0.4(新月)

8月の二十四節気・雑節

  • 立秋(りっしゅう) 8月7日(金)
  • 処暑(しょしょ) 8月23日(日)