刺身の日 (記念日 8月15日)
- 記念日の日付
- 8月15日
- 初出文献
- 『康富記』(文安5年・1448年)
- 著者
- 中原康富(1400〜1457年)
- 名前の由来
- 「切る」を避け「刺す」を使用
- 料理の特徴
- 生の魚介を薄切りにし調味料で食す
「刺身」という言葉が歴史上はじめて文献に登場したのは、室町時代のことでした。文安5年(1448年)8月15日、外記局の官人であった中原康富が記した日記『康富記』に、その記録が残されています。そこには「鯛なら鯛とわかるやうにその魚のひれを刺しておくので刺し身」とあり、魚の切り身にひれを刺して魚種を見分けていた当時の習慣がうかがえます。この記述にちなみ、8月15日は「刺身の日」とされています。
現代では当たり前のように食卓に並ぶ刺身ですが、その呼び名の由来には、武家社会ならではの事情が絡んでいました。魚を薄く切って提供する料理であれば「切り身」と呼ぶのが自然です。しかし、武士にとって「切る」という言葉は腹を切る、すなわち切腹を連想させる忌み言葉でした。そこで「切る」を避けて「刺す」という表現が用いられ、「刺身」という名称が定着していったと伝えられています。
言葉ひとつにも当時の価値観や美意識が反映されているのは、実に興味深いことです。
中原康富は応永7年(1400年)に生まれ、長禄元年(1457年)に没した人物で、朝廷の記録を司る外記局に仕えていました。彼が綴った『康富記』は、室町時代中期の政治や社会、そして食文化に至るまで幅広い事柄を記録した貴重な史料として知られています。刺身の記述もまた、公的な記録の合間に書き留められた日常の一コマだったのかもしれません。
刺身は新鮮な魚介類を生のまま薄く切り、醤油やワサビなどの調味料とともに味わう日本料理です。素材の鮮度がそのまま味に直結するため、日本の漁業技術や流通網の発展と歩みをともにしてきました。江戸時代に醤油の生産が本格化すると、刺身の食べ方も大きく変わります。それまでは酢味噌や煎り酒で食されることが多かった刺身が、醤油との組み合わせによって新たな味覚の世界を切り開きました。
今日、刺身は寿司と並んで日本食を代表する料理として世界中で親しまれています。室町時代の日記にひっそりと記された一節が、500年以上の時を経てなお私たちの食文化の根幹に息づいていることを思うと、一切れの刺身にも長い歴史の重みが感じられるのではないでしょうか。
8月15日の他の記念日
8月15日のカレンダー情報
8月の二十四節気・雑節
- 立秋(りっしゅう) 8月7日(金)
- 処暑(しょしょ) 8月23日(日)