金シャチの日 (記念日 8月22日)
- 制定者
- 川村芳彦氏(名古屋市の鍼灸接骨院経営)
- 日付の由来
- 8月=市章まるはち、22日=2がしゃちほこ形で2体
- 使用金量
- 一対で合計88キログラム
- 大きさ
- 雄2.62m・雌2.57m
- 製造者
- 大阪造幣局の鎚金師
- 焼失年
- 1945年(昭和20年)名古屋大空襲
金色に輝くしゃちほこが、かつて盗難や戦火にさらされた歴史を知る人は意外と少ない。名古屋城の大天守に一対で君臨する「金シャチ」は、単なる装飾ではなく、幾多の試練を乗り越えて現代に甦った名古屋の魂そのものです。
金シャチの日は8月22日。愛知県名古屋市で鍼灸接骨院を経営する川村芳彦氏が制定し、一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。日付の意味が秀逸で、8月は名古屋市の市章「まるはち(八)」に由来し、22日は数字の「2」がしゃちほこの形に似ており、しかも大天守には左右一対で2体あることを掛け合わせています。名古屋の象徴を多くの人に知ってもらい、金シャチにあやかって名古屋を元気にすることが目的です。
鯱(しゃちほこ)とは、頭が虎で胴が魚という想像上の生き物です。水を呼ぶ霊力があると信じられたことから、火事除けのまじないとして城郭の棟飾りに用いられてきました。江戸時代、火災が最大の脅威だった城主にとって、鯱は実用的な護符でもありました。
名古屋城の金シャチは、その華やかな外見とは裏腹に波乱の歴史を持ちます。江戸時代には二度にわたる盗難事件が起きており、薄い金板を剥ぎ取る大胆な手口が記録に残ります。そして1945年(昭和20年)の名古屋大空襲では、天守閣とともに焼失してしまいました。
現在の金シャチは戦後の天守再建時に復元されたものです。製造にあたったのは、当時日本国内に数えるほどしか残っていなかった鎚金師——大阪造幣局の職員でした。鎚で金を叩き延ばしながら形を整える伝統技法によって製作された一対には、合計88キログラムもの金が使われました。完成した金シャチは雄が高さ2.62メートル、雌が2.57メートルと堂々たる大きさで、太陽光を受けて遠くからでもよく見えます。
金シャチの日は、こうした歴史と技術の積み重ねに思いを馳せる機会でもあります。名古屋城を訪れた際には、天守を見上げながら盗難・焼失・復元という三つの章を経てそこにある輝きの重さを感じてみてください。
参考リンク
8月22日の他の記念日
8月22日のカレンダー情報
8月の二十四節気・雑節
- 立秋(りっしゅう) 8月7日(金)
- 処暑(しょしょ) 8月23日(日)