対日戦勝記念日(VJデー) (記念日 9月2日)

対日戦勝記念日(VJデー)
調印日時
1945年(昭和20年)9月2日 午前9時(式典は約23分)
調印場所
東京湾上、アメリカ戦艦ミズーリ号甲板
日本側署名者
重光葵(外務大臣)・梅津美治郎(参謀総長)
連合国側代表署名者
ダグラス・マッカーサー元帥(連合国軍最高司令官)
VJデーの名称
Victory over Japan Day(日本に対する勝利の日)
原本所蔵
外務省外交史料館(日本)

1945年(昭和20年)9月2日午前9時、東京湾に停泊するアメリカ海軍の戦艦ミズーリの甲板上に、日本と連合国の代表者たちが集まった。日本側からは天皇および政府を代表して重光葵外務大臣が、大本営を代表して梅津美治郎参謀総長が署名台の前に立ち、降伏文書に調印した。続いて連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥が署名し、アメリカのチェスター・ニミッツ海軍元帥、中国、イギリス、ソ連、オーストラリア、カナダ、フランス、オランダ、ニュージーランドの各国代表が順に署名した。式典はわずか23分で終了した。

日本では8月15日の玉音放送をもって「終戦の日」としているが、国際法上の戦争終結は降伏文書が正式に調印されたこの9月2日となります。玉音放送はポツダム宣言の受諾を国民に告げたものであり、連合国との間で戦争状態が法的に終了したのは文書への署名が完了した瞬間でした。

この調印をもって、1939年のドイツのポーランド侵攻に端を発し、6年にわたって世界各地で繰り広げられた第二次世界大戦が正式に幕を閉じました。アジア・太平洋地域での戦闘は1941年12月の日本軍による真珠湾攻撃以来続いており、日本の降伏はその終止符となりました。

連合国側は、日本に対する勝利を記念してこの日を「VJデー(Victory over Japan Day)」と呼んでいます。アメリカではとりわけ8月15日と9月2日の両日が意識されており、国によってVJデーとする日付は異なります。

降伏文書には、日本軍のすべての交戦行為の即時停止、武装解除、連合国の命令への服従などが定められていました。調印後の文書は連合国側が保管し、現在、日本外務省外交史料館に原本が所蔵されています。

9月2日のカレンダー情報

六曜 先負
吉日 神吉日、大明日、天恩日
月齢 20.4

9月の二十四節気・雑節

  • 白露(はくろ) 9月7日(月)
  • 秋分(しゅうぶん) 9月23日(水)
  • 秋の彼岸(ひがん)入り 9月20日(日)
  • 二百十日(にひゃくとおか) 9月1日(火)
  • 二百二十日(にひゃくはつか) 9月11日(金)
  • 秋の社日(しゃにち) 9月23日(水)