サンフランシスコ平和条約調印記念日 (記念日 9月8日)

サンフランシスコ平和条約調印記念日
調印日
1951年(昭和26年)9月8日
調印国数
49ヵ国(52ヵ国中3ヵ国が拒否)
拒否した国
ソ連・ポーランド・チェコスロバキア
日本の全権大使
吉田茂首相
条約発効日
1952年(昭和27年)4月28日
同日調印の条約
日米安全保障条約

1951年(昭和26年)9月8日、サンフランシスコ・オペラハウスで一枚の条約文書に日本の全権大使・吉田茂首相が署名しました。1945年8月の敗戦から6年余り、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)のもとで2000件を超えるとされる指令・覚書を受けながら続いた占領統治が、ここで終わりを迎えます。

講和会議は同年9月4日から8日にかけて開催されました。52ヵ国の代表が集まったが、条約への署名はソ連・ポーランド・チェコスロバキアの3ヵ国が拒否したため、日本を含む49ヵ国の調印にとどまりました。中国については、中華人民共和国と中華民国(台湾)のどちらを正統政府とするかという問題から、最初から招待されませんでした。このような経緯から、この条約は「片面講和」と呼ばれ、当時の日本国内でも全交戦国との講和を求める意見(全面講和論)との間で激しい議論がありました。

全27条からなる条約の主な内容は、連合国が日本の主権を完全に承認すること、日本が朝鮮の独立を認めること、台湾・千島列島・南樺太などへの権利を放棄することでした。また日本が個別的および集団的自衛権を有することも明記されています。同じ9月8日、平和条約の調印に続いて「日米安全保障条約」も署名されており、独立回復と同時に日米同盟の枠組みが構築されました。

条約は翌1952年4月28日に発効し、占領統治は正式に終了しました。この日は「主権回復の日」として現在も記念されており、2013年からは政府主催の式典が行われています。吉田茂が調印の際に使用した硯・筆・墨などの一式は今も、外務省外交史料館に保存されています。

9月8日のカレンダー情報

六曜 先負
吉日 神吉日、不成就日
月齢 26.4

9月の二十四節気・雑節

  • 白露(はくろ) 9月7日(月)
  • 秋分(しゅうぶん) 9月23日(水)
  • 秋の彼岸(ひがん)入り 9月20日(日)
  • 二百十日(にひゃくとおか) 9月1日(火)
  • 二百二十日(にひゃくはつか) 9月11日(金)
  • 秋の社日(しゃにち) 9月23日(水)