ニューヨークの日 (記念日 9月8日)
- 改称年月日
- 1664年9月8日
- 旧称
- ニューアムステルダム
- 名の由来
- ヨーク公ジェームズ(後のジェームズ2世)
- 島の購入額
- 60ギルダー相当の交易品
- 市制取得年
- 1653年
- 現在の市域人口
- 800万人超
1664年9月8日、マンハッタン島南端に築かれたオランダの植民地都市「ニューアムステルダム」が、イギリスへの無血開城によってその名を消しました。街はイングランド王チャールズ2世の弟、ヨーク公ジェームズにちなんで「ニューヨーク」と改称されます。わずか一世代後に世界最大の都市のひとつになる場所の誕生が、砲声ひとつ鳴らずに決まった日です。
オランダがこの地に目をつけたのは1609年のことです。オランダ東インド会社に雇われたイギリス人探検家ヘンリー・ハドソンがハドソン川を北上し、毛皮交易の要衝としての価値を報告しました。1626年、オランダ西インド会社はマンハッタン島の南端にフォート・アムステルダムを建設し、先住民レナペ族から島を買い取ったとされています。その金額は60ギルダー相当の交易品で、後に「史上最安値の不動産取引」と語り継がれるようになります。
1653年に正式な市制を得たニューアムステルダムでしたが、オランダ総督ペーター・ストイフェサントの強権的な統治は住民の不満を買っていました。1664年8月末、イギリス軍艦4隻がニューヨーク湾に現れたとき、市民の多くは抵抗に消極的で、ストイフェサントは孤立無援のまま9月8日に降伏文書に署名します。こうして半世紀近く続いたオランダ統治は終わりを告げました。
その後も都市の帰属は一度揺れています。第三次英蘭戦争中の1673年、オランダ艦隊が一時奪回して「ニューオラニエ」と改称しましたが、翌1674年のウェストミンスター条約でイギリスへ返還され、ニューヨークの名が確定しました。オランダ時代の痕跡はブロードウェイ(元のBreede Weg=広い道)やハーレム、ブルックリンといった地名に今も残っています。現在のニューヨーク市は1790年以来アメリカ最大の都市であり続け、市域人口は800万人を超えます。国際連合本部が置かれ、世界最大級の金融センターとして機能するこの都市の出発点が、一枚の降伏文書だったというのは興味深い事実です。
9月8日の他の記念日
9月8日のカレンダー情報
9月の二十四節気・雑節
- 白露(はくろ) 9月7日(月)
- 秋分(しゅうぶん) 9月23日(水)
- 秋の彼岸(ひがん)入り 9月20日(日)
- 二百十日(にひゃくとおか) 9月1日(火)
- 二百二十日(にひゃくはつか) 9月11日(金)
- 秋の社日(しゃにち) 9月23日(水)