マッチの日 (記念日 9月16日)
- 自由販売解禁日
- 1948年(昭和23年)3月14日
- 切符制開始
- 1940年(昭和15年)
- 摩擦マッチの発明者
- ジョン・ウォーカー(イギリス)
- 摩擦マッチの発明年
- 1826年(販売開始は1827年)
- 安全マッチの頭薬
- 塩素酸カリウム
- 漢字表記
- 燐寸(りんすん)
1948年(昭和23年)3月14日、長年にわたって続いてきたマッチの配給制が終わり、自由販売が認められました。戦時中から戦後にかけて、マッチは庶民の日常生活に欠かせないにもかかわらず、国家によって厳しく管理されていた品目のひとつでした。
マッチへの統制は、1940年(昭和15年)の砂糖・マッチ切符制から始まります。前年の1939年には電力調整令が施行され、1938年の綿糸配給統制規則を皮切りとした戦時統制体制は年々拡大していきました。1941年には米穀配給制、1942年には衣料総合切符制と、日用品から生産資材に至るほぼすべての物資が統制の対象となり、戦争の長期化が国民生活を根底から塗り替えていきました。終戦後も物資不足は続き、配給制の解除には相当の時間を要しました。マッチの自由販売解禁は、そうした戦後復興の小さくも確かな一歩でした。
マッチそのものの歴史をたどると、発明の起点は19世紀のイギリスに行き着きます。化学者であり薬剤師でもあったジョン・ウォーカー(John Walker、1781〜1859年)が、1826年に摩擦による発火を偶然発見。翌1827年には「friction lights」の名称で摩擦マッチの販売を開始しました。これが現在のマッチの原型です。
現在広く使われているのは「安全マッチ」と呼ばれるタイプで、19世紀半ばに登場しました。マッチ棒の先端(頭薬)には塩素酸カリウムが、マッチ箱の側面(側薬)には赤燐が使われており、両者をこすり合わせることで初めて発火します。どこにこすりつけても着火する初期の「摩擦マッチ」と異なり、安全性が大幅に高められた設計です。漢字では「燐寸」と書き、リン(燐)の燃えやすい性質を利用していることがその名の由来です。
かつて一家に一箱あるのが当たり前だったマッチは、使い捨てライターやチャッカマンの普及によって日常の場から徐々に姿を消しました。しかし、キャンプや非常用として見直されるほか、国産マッチの産地として知られる兵庫県の姫路・たつの地域では、今も職人の手でマッチが作られています。小さな一本に、近代の歴史と技術が凝縮されています。
9月16日の他の記念日
9月16日のカレンダー情報
9月の二十四節気・雑節
- 白露(はくろ) 9月7日(月)
- 秋分(しゅうぶん) 9月23日(水)
- 秋の彼岸(ひがん)入り 9月20日(日)
- 二百十日(にひゃくとおか) 9月1日(火)
- 二百二十日(にひゃくはつか) 9月11日(金)
- 秋の社日(しゃにち) 9月23日(水)