蘆花忌 (記念日 9月18日)
- 生年月日
- 1868年12月8日(明治元年10月25日)
- 忌日
- 1927年9月18日(昭和2年)、享年58歳
- 本名
- 徳冨健次郎
- 代表作
- 『不如帰』(1898年)、『自然と人生』(1900年)
- トルストイ訪問
- 1906年(明治39年)にロシアのヤースナヤ・ポリャーナを訪問
- 旧邸・墓所
- 東京都世田谷区粕谷の都立蘆花恒春園
「蘆の花は見所とてもなく」——清少納言がそう評した植物を、あえて自らの号に選んだ作家がいます。徳冨蘆花(本名・健次郎)は1868年12月8日、肥後国葦北郡水俣村(現・熊本県水俣市)に生まれました。9月18日は、その蘆花が1927年(昭和2年)に群馬県伊香保温泉で逝去した忌日です。
蘆花は、ジャーナリスト・思想家として知られる徳冨蘇峰の弟にあたります。京都の同志社英学校を中退した17歳のとき、キリスト教の洗礼を受け、今治教会で牧師・横井時雄のもとに身を置きました。この頃から「蘆花」の号を使い始めます。その由来については、「見所なきを余は却って愛するなり」と自ら記しており、平凡なものへの共感と、流行に流されない気質がうかがえます。
1887年(明治20年)、上京して兄・蘇峰が社長を務める民友社に身を寄せた蘆花は、二葉亭四迷の『浮雲』に触れて小説家を志します。1898年(明治31年)に発表した長編小説『不如帰(ほととぎす)』は、日清戦争を背景に薄命の女性・浪子の悲恋を描いた作品で、広く読まれました。続く『思出の記』は自伝的な長編、『自然と人生』(1900年)は自然描写の優れた随筆集として、蘆花の文名を確立させました。
1906年(明治39年)には、ロシアの文豪レフ・トルストイをヤースナヤ・ポリャーナに訪問します。その影響を受け帰国後は東京郊外(現・世田谷区粕谷)に居を移し、半農の暮らしを送りながら文学を続けました。この土地での生活の記録は『みゝずのたはこと』(1913年)としてまとめられています。蘆花の旧邸と墓は現在、都立蘆花恒春園として一般に公開されています。1927年9月18日、療養のために訪れていた群馬県伊香保温泉(現・渋川市)にて死去。享年58歳。「見所なき」ものを愛したその眼差しは、自然・人間・戦争・宗教と多様な主題に向けられ、明治から大正にかけての日本文学に独自の足跡を刻みました。
9月18日の他の記念日
9月18日のカレンダー情報
9月の二十四節気・雑節
- 白露(はくろ) 9月7日(月)
- 秋分(しゅうぶん) 9月23日(水)
- 秋の彼岸(ひがん)入り 9月20日(日)
- 二百十日(にひゃくとおか) 9月1日(火)
- 二百二十日(にひゃくはつか) 9月11日(金)
- 秋の社日(しゃにち) 9月23日(水)