言水忌 (記念日 9月24日)
- 生没年
- 1650〜1722年(享年72歳)
- 出身
- 大和(現:奈良県)
- 本名・通称
- 則好、通称:八郎兵衛
- 師匠
- 松江重頼(京都の俳人)
- 主な撰集
- 『江戸新道』『都曲』など
- 活躍流派
- 談林派→蕉風
「冬がれや世にも怪しき影法師」——池西言水(いけにし ごんすい)の句は、その感覚的・唯美的な世界観を鮮やかに示しています。本日9月24日(旧暦)は言水の忌日にあたります。言水は1650年(慶安3年)、大和(現:奈良県)に生まれました。本名は則好、通称は八郎兵衛。別号として兼志・紫藤軒・洛下童・鳳下堂など複数を用いています。祖父や父ともに俳諧に親しむ家庭に育ち、幼い頃から句作に励みました。京都の俳人・松江重頼(まつえ しげより)の門人として俳諧の素養を磨いています。
1676年(延宝4年)頃に江戸へ出ると、松尾芭蕉・椎本才麿(しいのもと さいまろ)・高野幽山(たかの ゆうざん)ら気鋭の俳人たちと盛んに交流。撰集活動を精力的に展開し、江戸俳壇では談林派(だんりんは)の俳人として頭角を現しました。この時期に編んだ『江戸新道』(1678年)、『江戸蛇之鮓』(1679年)、『江戸弁慶』(1680年)は、いずれも江戸俳壇の活況を伝える撰集として知られています。
1682年(天和2年)に京都へ移住した後は、北越・奥羽・西国・九州など各地を行脚しながら見聞を広め、旅の記録を『東日記』(1681年)や『京日記』(1687年)に残しています。京都定住後は蕉風(しょうふう)に傾倒し、芭蕉らとともに俳壇の革新を担う存在となりました。撰集『都曲(みやこぶり)』(1690年)はその時期の代表的な編著です。
言水の句風は感覚的・官能的・唯美的と評され、情景を鋭く切り取る表現が特徴です。また、連句や雑俳(ざっぱい)の点者としても幅広く活動し、俳壇の普及と発展に貢献しました。1722年(享保7年)9月24日(旧暦)、72歳で生涯を閉じています。
参考リンク
9月24日の他の記念日
9月24日のカレンダー情報
9月の二十四節気・雑節
- 白露(はくろ) 9月7日(月)
- 秋分(しゅうぶん) 9月23日(水)
- 秋の彼岸(ひがん)入り 9月20日(日)
- 二百十日(にひゃくとおか) 9月1日(火)
- 二百二十日(にひゃくはつか) 9月11日(金)
- 秋の社日(しゃにち) 9月23日(水)