八雲忌 (記念日 9月26日)

八雲忌
本名
パトリック・ラフカディオ・ハーン
生没年
1850〜1904年(54歳)
出生地
レフカダ島(現ギリシャ領)
帰化年
1896年(明治29年)
代表作
『怪談(Kwaidan)』(1904年)

「怪談」を英語で世界に伝えた作家・小泉八雲は、1904年(明治37年)9月26日、東京・西大久保の自宅で狭心症のため54歳の生涯を閉じました。本名パトリック・ラフカディオ・ハーン——ギリシャ生まれ、アイルランド育ち、アメリカで文名を上げ、日本に帰化した稀有な経歴の持ち主です。9月26日は八雲忌と呼ばれ、その業績が偲ばれます。

1850年、イギリスの保護領だったレフカダ島(現ギリシャ領)に生まれた八雲は、アイルランド人の父とギリシャ人の母の間に育ちました。4歳のとき母が精神を病んでギリシャへ帰国し、間もなく両親は離婚。フランスの神学校やイギリスのダラム大学で教育を受けた後、19歳でアメリカへ渡ります。異なる文化のはざまで生きてきたこの経験が、後に日本文化を欧米へ橋渡しする素地となったと言えます。

アメリカではジャーナリスト・文芸評論家として活躍し、得意のフランス語を武器に評価を高めていました。1890年(明治23年)、出版社の通信員として来日した八雲は、着任直後に契約を破棄し、島根県の松江中学校で英語教師の職を得ます。翌1891年には松江藩士の姫・小泉節子と結婚。熊本・神戸・東京と移り住みながら英語教育の最前線で活動を続け、1896年(明治29年)に日本へ帰化して小泉八雲と名乗りました。東京帝国大学・早稲田大学の講師として英文学を講じる傍ら、八雲は日本の民俗・怪異・日常の細部を鋭く観察し、英語で欧米に紹介し続けました。死の年に刊行された短編集『怪談(Kwaidan)』は、日本の怪談話を格調ある英語で再話した代表作です。松江時代の旧居は1940年(昭和15年)に国の史跡に指定されており、今も多くの訪問者を集めています。遺骨は東京・南池袋の雑司ヶ谷霊園に眠っています。

参考リンク

9月26日のカレンダー情報

六曜 大安
吉日 一粒万倍日、神吉日
月齢 15.0

9月の二十四節気・雑節

  • 白露(はくろ) 9月7日(月)
  • 秋分(しゅうぶん) 9月23日(水)
  • 秋の彼岸(ひがん)入り 9月20日(日)
  • 二百十日(にひゃくとおか) 9月1日(火)
  • 二百二十日(にひゃくはつか) 9月11日(金)
  • 秋の社日(しゃにち) 9月23日(水)