日中国交正常化の日 (記念日 9月29日)
- 調印日
- 1972年(昭和47年)9月29日
- 調印場所
- 北京(人民大会堂)
- 署名者
- 田中角栄首相・周恩来国務院総理
- 断絶期間
- 中華人民共和国成立(1949年)から約23年
- 平和友好条約
- 1978年に締結
- 台湾との関係
- 同日、中華民国(台湾)に断交を通告
1972年(昭和47年)9月29日、日本と中華人民共和国は北京で「日中共同声明」に調印し、戦後27年間にわたって断絶していた国交をついに回復させました。田中角栄首相と周恩来国務院総理が署名したこの声明は、両国関係の歴史において最も重要な転換点のひとつとなっています。国交が回復されなかった背景には、日本がサンフランシスコ講和条約(1951年)と同時期に中華民国(台湾)と日華平和条約を結び、中華人民共和国ではなく台湾政府を「中国の正統政府」として承認していたという経緯があります。中華人民共和国の成立(1949年)から国交樹立まで、実に23年の歳月が流れていました。
正常化への直接の引き金となったのは、同年2月のニクソン米大統領による電撃的な訪中でした。長年にわたり中国を封じ込める政策をとっていた米国が突如として姿勢を転換したことは「ニクソン・ショック」として日本に衝撃を与え、日本独自の対中外交を促す機運を生み出しました。その5か月後に就任した田中首相は、早期の正常化を最優先課題に掲げ、就任からわずか3か月で訪中を実現させています。
共同声明では、中国側が対日賠償請求権を放棄する一方、日本は「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府である」ことを承認し、「台湾は中国の領土の不可分の一部である」とする中国側の立場を「十分理解し、尊重」する立場を表明しました。この日をもって日本は中華民国(台湾)に断交を通告し、1952年から続いた日華平和条約は終了しました。
国交樹立後も両国関係の法的整備には時間を要し、平和友好条約の締結交渉は中ソ関係の緊張なども絡んで難航しました。正式な日中平和友好条約が締結されたのは、日中共同声明から6年後の1978年のことです。この条約により、戦争状態の公式な終結と、永続的な平和・友好関係の構築が明文化されました。
9月29日の他の記念日
9月29日のカレンダー情報
9月の二十四節気・雑節
- 白露(はくろ) 9月7日(月)
- 秋分(しゅうぶん) 9月23日(水)
- 秋の彼岸(ひがん)入り 9月20日(日)
- 二百十日(にひゃくとおか) 9月1日(火)
- 二百二十日(にひゃくはつか) 9月11日(金)
- 秋の社日(しゃにち) 9月23日(水)