宣長忌 (記念日 9月29日)

宣長忌
生誕地
伊勢国松坂(現:三重県松阪市)
生没年
1730年(享保15年)〜1801年(享和元年)
主著
『古事記伝』44巻(35年かけて完成)
書斎の号
鈴屋(すずのや)。鈴をかけていたことに由来
賀茂真淵(1763年、松坂での一夜の邂逅で入門)
国学の四大人
荷田春満・賀茂真淵・平田篤胤とともに名を連ねる

35年という歳月をかけて完成させた『古事記伝』44巻。これが本居宣長の国学者としての集大成であり、日本の古典研究史における金字塔です。宣長忌(のりながき)は、その本居宣長が1801年(享和元年)9月29日(旧暦)に71歳で世を去った忌日です。

宣長はもともと国学者として生まれたわけではありませんでした。1730年(享保15年)5月7日、伊勢国松坂(現:三重県松阪市)の木綿仲買商・小津家の次男として誕生。幼名は富之助といいます。家業を継いだものの商売には関心が持てず、医師を目指して京都へ遊学します。そこで出会った儒学者・堀景山のもとで儒学・漢学・国学を学び、姓を先祖由来の「本居」へと改めました。

1758年(宝暦8年)に松坂へ戻って医業を開いた宣長は、診療のかたわら『源氏物語』の講義や『日本書紀』の研究に打ち込みます。そして1763年(宝暦13年)、転機が訪れます。伊勢神宮参宮のために松坂を訪れた国学の大家・賀茂真淵と一夜語り合い、正式に入門したのです。この出会いが宣長を『古事記』研究へと導きました。

宣長の書斎は「鈴屋(すずのや)」と呼ばれました。鈴を好み、書斎に数多くかけていたことに由来するこの号は、門人たちが集い学んだ場所の象徴でもあります。この忌日が「鈴屋忌(すずのやき)」とも呼ばれるのはそのためです。書斎での講義を通じて宣長の学問は広く伝わり、門人の数は全国で500人を超えたとも言われます。

1798年(寛政10年)に完成した『古事記伝』は、奈良時代に編まれた日本最古の歴史書『古事記』を徹底的に読み解いた注釈書です。漢文ではなく日本古来の言葉・大和言葉で書かれた『古事記』を、宣長は独自の文献学的手法で解読しました。この仕事は単なる古典研究にとどまらず、日本語・日本文化の根源を問い直す営みとして後世に多大な影響を与えました。その手法は明治期の国語学者たちにも受け継がれ、近代日本語学の礎のひとつとなっています。ほかにも『源氏物語玉の小櫛』や随筆『玉勝間』など、幅広い著作を残しています。

宣長は荷田春満・賀茂真淵・平田篤胤とともに「国学の四大人(しうし)」の一人に数えられます。医師として生計を立てながら、生涯を通じて日本古典の探究を続けた宣長の姿は、学問とはいかにあるべきかを今も静かに問いかけています。その精神は松阪の地に今も受け継がれています。

9月29日のカレンダー情報

六曜 友引
吉日 神吉日、大明日
月齢 18.0

9月の二十四節気・雑節

  • 白露(はくろ) 9月7日(月)
  • 秋分(しゅうぶん) 9月23日(水)
  • 秋の彼岸(ひがん)入り 9月20日(日)
  • 二百十日(にひゃくとおか) 9月1日(火)
  • 二百二十日(にひゃくはつか) 9月11日(金)
  • 秋の社日(しゃにち) 9月23日(水)