榮太樓飴の日 (記念日 10月3日)
- 制定者
- 株式会社榮太樓總本鋪
- 記念日の日付
- 10月3日(細田栄太郎の誕生日)
- 創業年
- 1818年(文政元年)
- 認定年
- 2018年(平成30年)、日本記念日協会
- 飴の原点
- 南蛮渡来の有平糖(あるへいとう)
- 本店所在地
- 東京都中央区日本橋
日本橋の袂に小さな菓子屋を構えた細田栄太郎が、その名を屋号に冠したのは安政4年(1857年)のことです。しかし榮太樓總本鋪の歴史はさらに遡り、文政元年(1818年)、飯能から江戸に出てきた細田徳兵衛が「井筒屋」の名で菓子作りを始めたところから幕を開けます。その孫、曾孫と受け継がれた技と精神が、やがて江戸を代表する老舗菓子店を形成していきました。「榮太樓飴の日」は、銘菓「榮太樓飴」の生みの親である細田栄太郎の誕生日、天保3年(1832年)10月3日にちなんで定められました。この時期はちょうど七十二候の「水始涸(みずはじめてかかる)」の初日にあたり、田の水が引き農産物の収穫が始まる季節です。天然の原材料だけで丹念に作られてきた榮太樓飴にふさわしい時節との思いも重なり、2018年(平成30年)に日本記念日協会より正式に認定されました。
榮太樓飴を代表する「梅ぼ志飴」には、江戸らしい機知と職人の心意気が詰まっています。もとは南蛮渡来の細工菓子「有平糖(あるへいとう)」がその原点です。砂糖をじっくり煮詰めて作る有平糖は、当時の江戸庶民には手が届かない高価な菓子でした。そこで榮太樓の職人たちは、誰もが気軽に口にできる飴を目指して工夫を重ねます。棒状に伸ばした赤い飴を鋏で切り、指でつまんで三角形に整えると、その形が梅干しにそっくりです。洒落好きの江戸っ子たちはすかさず「梅ぼ志」と名付け、この飴は瞬く間に庶民に広まりました。
梅ぼ志飴にはもう一つ、興味深い逸話が伝わっています。明治・大正の頃、東京の旦那衆が上方の花街へ土産として持参すると、芸妓や舞妓たちの間で口コミが広がったといいます。この飴を少し溶かして唇に塗ってから紅を差すと、唇が荒れず、現代のリップグロスのように艶やかな照りが生まれるというのです。化粧品が贅沢品だった時代に、菓子が美容の役割まで担っていたとは、老舗ならではの奥深い歴史といえます。
創業から200年余りを経た今も、榮太樓飴は砂糖・水飴・梅エキスといった天然素材だけで作られています。余計なものを加えず、素材の力だけで飴を仕上げるという姿勢は、江戸から変わりません。梅ぼ志飴のほか、黒飴、抹茶飴など多彩な種類が揃う榮太樓飴は、缶入りの意匠も含め今なお日本橋土産の定番として愛され続けています。
10月3日の他の記念日
10月3日のカレンダー情報
10月の二十四節気・雑節
- 寒露(かんろ) 10月8日(木)
- 霜降(そうこう) 10月23日(金)
- 秋の土用(どよう) 10月20日(火)