足袋の日 (記念日 10月8日)

足袋の日
制定者
日本足袋工業会
制定年
1988年(昭和63年)
認定年
2018年(平成30年)
日付の由来
10月は和装シーズン前、8日は「八」が末広がり
代表的産地
埼玉県行田市(明治・大正期に全国シェアの大半)
素材の変遷
革→木綿(明暦の大火1657年以降)

足袋(たび)は、和装の際に足に直接履く日本固有の伝統的な衣類です。その起源は古く、5世紀ごろに中国から伝わった「襪(しとうず)」という履き物が発展したものと言われています。当初は指股のない靴下のような形状でしたが、室町時代になると親指と人差し指の間で二股に分かれた現在の「又割れ」の形が確立されました。「足袋」という表記は11世紀にはすでに確認されており、鎌倉時代の説話集『宇治拾遺物語』にも「猿の皮の足袋」という記述が残っています。

江戸時代には素材が大きく変化しました。もともと革を使って作られることが多かった足袋ですが、1657年の明暦の大火をきっかけに皮革の価格が高騰したため、代わりに木綿が用いられるようになりました。肌触りがよく履き心地に優れた木綿足袋は庶民の間に急速に広まります。さらに元禄年間(1688〜1704年)には、中国から渡来した財布の留め具を応用した「鞐(こはぜ)」が足首の固定に使われるようになり、現在の足袋の原型がほぼ完成しました。こはぜは金属製の小さな留め具で、足袋を足にぴったりとフィットさせるための独自の工夫です。

足袋の産地として知られるのが埼玉県行田市です。江戸時代後期から足袋の生産が盛んになり、明治・大正期には全国シェアの大半を占めるほどの一大産地へと発展しました。行田足袋の品質は広く知られ、現在もその伝統が受け継がれています。足袋は七五三・成人式・結婚式といった人生の節目の晴れ着から、茶道・日本舞踊・能といった伝統芸能の稽古着まで、和装全般に欠かせない存在です。草履や下駄・雪駄など鼻緒を持つ履き物と組み合わせて使うため、親指と人差し指を分ける又割れ構造が必要となります。

また、足袋の派生品として生まれたのが地下足袋(じかたび)です。丈夫な生地の本体にゴム底を貼り付けることで屋外を直接歩けるようにしたもので、建設現場や農作業の場で広く活用されています。足袋の又割れ構造を活かした地下足袋は、体のバランスを安定させる効果があるとも言われ、現代でも職人や農業従事者をはじめ多くの人々に愛用されています。伝統的な和の履き物文化が現代の労働現場にも息づいている点は、足袋という衣類の実用性の高さを物語っています。

10月8日は「足袋の日」。日本足袋工業会が1988年(昭和63年)に制定し、2018年(平成30年)に日本記念日協会が認定しました。「10月」は和装シーズン前、「8日」は末広がりの「八」から選ばれています。

参考リンク

10月8日のカレンダー情報

六曜 大安
吉日 一粒万倍日、神吉日
月齢 27.0

10月の二十四節気・雑節

  • 寒露(かんろ) 10月8日(木)
  • 霜降(そうこう) 10月23日(金)
  • 秋の土用(どよう) 10月20日(火)