「リンゴの唄」の日 (記念日 10月11日)
- 映画公開日
- 1945年(昭和20年)10月11日
- 制作会社
- 松竹大船
- 歌手
- 並木路子(1921〜2001年)
- 作詞・作曲
- サトウハチロー作詞、万城目正作曲
- レコード発売
- 1946年1月・コロムビアレコード
- 歌い出し
- 赤いリンゴに 唇よせて だまって見ている 青い空
終戦からわずか2か月も経たない1945年(昭和20年)10月11日、東京・有楽座で一本の映画が封切られた。松竹大船制作の『そよかぜ』——戦後初めて製作・公開された日本映画である。その主題歌・挿入歌として流れた「リンゴの唄」は、焼け野原に立ち尽くす日本人の胸に、まるで清涼な風のように届いた。
歌い出しは「赤いリンゴに 唇よせて だまって見ている 青い空」。この鮮やかな一節は、実は当初の歌詞ではなかった。もともとサトウハチローが書いた1番の歌詞は「リンゴ畑の香りにむせて 泣けてもくるよな喜びを」で始まっていた。しかし作曲家・万城目正が「この歌は明るくなければいけない」と強く主張し、現在知られる「赤いリンゴ」の一節——本来3番だった歌詞——を冒頭に持ってきたのである。「ア」という開いた母音で始まることで、より明るく伸びやかに歌える。その判断は正しかった。後年、サトウハチロー自身も「よかった」と評価している。
歌ったのは並木路子(1921〜2001年)。映画『そよかぜ』で主演も務めた彼女の声は、屈託なく明るく、しかしどこか儚さをまとっていた。可憐な少女の思いをリンゴに託した歌詞と万城目の軽やかなメロディーが合わさり、街頭紙芝居やラジオを通じて日本全国へと広がっていった。レコードは1945年12月に録音され、翌1946年1月にコロムビアレコードから発売されると、異例の大ヒットを記録した。
なぜこれほどまでに人々の心を掴んだのか。戦時中、日本の街には軍歌と勇ましいスローガンが溢れていた。敗戦後の焦土に突然現れた、リンゴと青空と少女の恋心を歌うこの曲は、それだけで非日常的な解放感をもたらした。色彩豊かな「赤いリンゴ」という言葉は、長年の戦争の暗闇からの脱却を象徴するものとして受け取られた。
作詞のサトウハチローは「うれしいひなまつり」「ちいさい秋みつけた」でも知られる詩人(1903〜1973年)。作曲の万城目正は映画「愛染かつら」主題歌なども手がけた作曲家(1905〜1968年)で、後に美空ひばりの「東京キッド」も作曲した。この三者が揃って生み出した「リンゴの唄」は、日本の戦後ヒット曲第1号として音楽史に刻まれている。
並木路子はその後も長くこの曲を歌い続け、1995年の阪神・淡路大震災後には神戸市長田区の避難所を訪れ、被災者の前で「リンゴの唄」を熱唱した。一つの歌が時代を越えて人を励ます力を持ち続けたことは、この曲が単なる流行歌ではなく、日本人の精神的な支柱だったことを示している。
10月11日の他の記念日
10月11日のカレンダー情報
10月の二十四節気・雑節
- 寒露(かんろ) 10月8日(木)
- 霜降(そうこう) 10月23日(金)
- 秋の土用(どよう) 10月20日(火)