鉄道安全確認の日 (記念日 10月11日)
- 事故発生日
- 1874年(明治7年)10月11日
- 事故場所
- 新橋駅構内(到着直前)
- 事故原因
- ポイント(分岐器)の故障
- 被害状況
- 機関車・貨車・客車が脱線、けが人なし
- 鉄道開業年
- 1872年(明治5年)、新橋〜横浜間
- 位置づけ
- 記録上、日本初の鉄道事故
1874年(明治7年)10月11日、横浜駅を出発した列車が新橋駅構内に差しかかったとき、ポイントを通過する際に機関車と貨車1両が脱線・転覆し、続く客車2両も脱線した。日本の鉄道が開業してわずか2年、これが記録に残る日本初の鉄道事故である。幸いにも乗客・乗員にけが人は出なかったが、この日の午前中の運行は取り止めとなり、午後も品川〜横浜間に限定した運転となった。日本の鉄道は1872年(明治5年)10月、新橋〜横浜間で正式に開業した。英国人技師エドモンド・モレルらの指導のもとに整備された路線だったが、当時の線路や車両の技術水準は黎明期のもの。ポイントの故障が事故の原因とされたこの脱線は、近代インフラを急速に整備していった明治政府にとって、安全管理の重要性を突きつける出来事となった。
鉄道開業前後、明治政府はすでに「鉄道略則」「鉄道犯罪罰例」など安全運行のための法令を相次いで制定していた。しかし、実際に事故が起きることで、規則だけでなく現場の点検・確認体制の整備が不可欠であることが浮き彫りになった。その後、鉄道行政は鉄道局として逓信省内に組み込まれ、安全施策の体制が段階的に強化されていく。
この10月11日を「鉄道安全確認の日」と呼ぶのは、日本初の鉄道事故が起きた日付を忘れず、安全を問い直す機会とするためです。現代の鉄道では自動列車停止装置(ATS)がJR全線に設置されており、国土交通省の統計では鉄道運転事故件数は1970年代の年間1,000件超から近年は200件前後まで大幅に減少しています。明治の路線上で起きた一度の脱線事故が、今日の安全文化の遠い起点のひとつとなっています。
10月11日の他の記念日
10月11日のカレンダー情報
10月の二十四節気・雑節
- 寒露(かんろ) 10月8日(木)
- 霜降(そうこう) 10月23日(金)
- 秋の土用(どよう) 10月20日(火)