上水道の日 (記念日 10月17日)

上水道の日
給水開始日
1887年(明治20年)10月17日
設計技師
ヘンリー・スペンサー・パーマー(英国陸軍工兵中佐)
水源
相模川・道志川合流地点(現相模原市緑区三井)
配水拠点
野毛山(横浜市)の沈殿池・貯水池
当初の給水戸数
約87戸
現在の関連施設
野毛山公園(貯水地跡)、横浜水道記念館

1887年(明治20年)10月17日、横浜の街に蛇口から水が出る日常が始まりました。日本初の近代的上水道の誕生です。それまでの井戸水や運び売りの水に頼った生活から、鉄管を通じて家庭へ直接届く「水道」という仕組みは、当時の人々には驚異的な光景として映ったに違いありません。

この水道を設計・指導したのは、イギリス陸軍の工兵中佐ヘンリー・スペンサー・パーマーです。神奈川県令・沖守固の招聘で1883年(明治16年)に来日したパーマーは、かつて香港や中国・広東での水道工事を手がけた実績を持つ技術者でした。横浜の地形と水事情を調査し、相模川と道志川が合流する相模原市緑区三井付近を水源に定め、野毛山に沈殿池・貯水池を建設して市街地へ配水するルートを設計しました。水源から野毛山まで約40kmにわたって引水管を敷設するという、当時としては壮大な土木工事でした。

着工から約4年、1887年10月に給水が始まった時点での対象はわずか87戸ほどでした。しかし横浜は開港地として急速に発展しており、人口の増加に伴って給水戸数はみるみる拡大しました。水道事業が横浜市に移管された1890年(明治23年)には、市の人口はすでに約12万人に達し、計画していた給水人口7万人をはるかに超えていたといいます。

野毛山の貯水地跡は現在、横浜市の野毛山公園として市民に親しまれています。また、相模原市緑区には横浜水道の歴史を伝える「横浜水道記念館」があり、当時の施設や資料を見学できます。パーマーが設計した水道システムは日本近代化の象徴として評価され、彼の功績を称える銅像が野毛山公園に建てられています。

「上水道の日」は、この給水開始日にちなんで10月17日に定められています。蛇口をひねれば清潔な水が出る現在の環境は、明治の技術者たちが苦心して築いたインフラの延長線上にあります。

10月17日のカレンダー情報

六曜 先負
吉日 天恩日
月齢 6.5

10月の二十四節気・雑節

  • 寒露(かんろ) 10月8日(木)
  • 霜降(そうこう) 10月23日(金)
  • 秋の土用(どよう) 10月20日(火)