ブラックマンデー (記念日 10月19日)
- 発生日
- 1987年10月19日(月曜日)
- ダウ下落幅
- 508ドル下落(下落率22.6%)
- 日経平均への影響
- 翌日3,836円48銭(14.90%)下落
- 比較対象
- 1929年ブラックサーズデーの下落率12.8%を超える
- 主な要因
- プログラム取引・金利上昇懸念・双子の赤字
1987年10月19日月曜日、ニューヨーク証券取引所でダウ工業株30種平均が前週末比508ドル下落し、下落率22.6%という史上最大の暴落を記録した。この日は曜日にちなんで「ブラックマンデー」(Black Monday)と呼ばれる。1929年の世界恐慌の引き金となった「ブラックサーズデー」の下落率12.8%をはるかに上回り、単一取引日の暴落幅として今もなお語り継がれる出来事となった。
暴落に至る背景には、1982年から1987年にかけて米国株式市場が約3倍に膨れ上がったことがあります。レーガン政権下の規制緩和と好景気を追い風に株価は急騰したものの、実体経済や企業業績を大きく上回る水準となり、市場では割高感が強まっていました。さらに財政赤字と貿易赤字という「双子の赤字」を抱えた米国では、ドル安に伴うインフレ懸念も浮上しており、FRBが金融引き締め姿勢を強めると金利上昇への警戒感が投資家の間に広がっていました。
暴落の連鎖を加速させた要因として、当時急速に普及していたコンピューターによるプログラム取引が挙げられます。株価が一定水準を下回ると自動的に大量の売り注文が発動される仕組みが、下落をさらなる下落で増幅する悪循環を生み出しました。加えてブラックマンデーの数日前には、ペルシャ湾でイランによるタンカー攻撃に対して米軍が報復爆撃を行っており、原油市場への不安感も市場心理を冷やす一因となっていました。
この衝撃は翌日すぐに東京市場へ波及し、10月20日の日経平均株価(225種)が3,836円48銭、率にして14.90%の下落を記録しました。欧州各市場でも機関投資家による売り注文が殺到し、世界同時株安という前例のない事態に発展しました。各国の中央銀行は流動性の供給などで市場の安定化を図り、株価はやがて回復に向かいます。ブラックマンデーは金融市場の脆弱性を世界に示しただけでなく、サーキットブレーカー制度の整備など市場監視の強化につながりました。関連する歴史的な出来事として、1929年10月24日木曜日にウォール街で起きた株価大暴落は「暗黒の木曜日(ブラックサーズデー)」と呼ばれ、10月24日はその記念日となっています。
10月19日の他の記念日
10月19日のカレンダー情報
10月の二十四節気・雑節
- 寒露(かんろ) 10月8日(木)
- 霜降(そうこう) 10月23日(金)
- 秋の土用(どよう) 10月20日(火)