中也忌 (記念日 10月22日)

中也忌
生没年
1907〜1937年(享年30歳)
出身地
山口県吉敷郡下宇野令村(現:山口市湯田温泉)
代表詩集
『山羊の歌』(1934年)、『在りし日の歌』(1938年)
死因
結核性脳膜炎(神奈川県鎌倉にて)
記念館
中原中也記念館(山口市湯田温泉、1994年開館)
中原中也賞
1996年に山口市が創設

30歳で世を去った詩人・中原中也は、わずか10年ほどの詩作期間に350篇以上の詩を残し、日本近代詩の歴史に深く刻まれた存在です。10月22日は、1937年(昭和12年)に中也が結核性脳膜炎で亡くなった日にあたり、「中也忌」として知られています。この日には山口県山口市で墓前祭が行われるほか、湯田温泉の生家跡地に建てられた中原中也記念館でも特別展示などのイベントが開催されます。

中也は1907年(明治40年)4月29日、山口県の中原医院に長男として生まれました。旧姓は柏村。父は陸軍軍医で、幼少期は広島や金沢など各地を転々としました。8歳のときに中原家と養子縁組して苗字が変わり、同じ年に弟を病で亡くしたことが文学への目覚めのきっかけとなったといわれています。才気は早くから際立っており、山口中学校在学中の1922年に友人と共著で歌集『末黒野』を刊行しています。しかし学業成績は芳しくなく落第し、翌年に京都の立命館中学校へ編入。ひとりで下宿しながら詩人・高橋新吉の影響を受けてダダイズムへ傾倒し、詩作を本格的に始めるのはこの時期です。3歳年上の女優・長谷川泰子と知り合い、翌年から同棲生活を送りました。

1925年、泰子とともに上京した中也は文芸評論家・小林秀雄と親しくなりますが、やがて泰子が小林のもとへ去るという痛烈な体験をします。この失恋の傷は深く、後の詩作にも影を落としたとされています。

1933年に東京外国語学校専修科仏語部を卒業し、同年に結婚。1934年に第一詩集『山羊の歌』を刊行すると高い評価を受け、詩の同人誌『四季』や『歴程』でも活躍しました。しかし1937年10月、鎌倉で結核性脳膜炎により30歳の若さで急逝します。翌年刊行された第二詩集『在りし日の歌』は遺稿集として広く読まれ、フランス語詩の訳詩集『ランボオ詩集』も中也の業績の一つに数えられています。1994年には生家跡地に中原中也記念館が開館し、1996年には山口市が新たに「中原中也賞」を創設。短命ながらその詩は今も色あせることなく読み継がれています。

10月22日のカレンダー情報

六曜 友引
吉日 神吉日、大明日、母倉日、巳の日、己巳の日
月齢 11.5

10月の二十四節気・雑節

  • 寒露(かんろ) 10月8日(木)
  • 霜降(そうこう) 10月23日(金)
  • 秋の土用(どよう) 10月20日(火)