民間航空記念日 (記念日 10月25日)
- 就航年月日
- 1951年(昭和26年)10月24日
- 路線
- 東京〜大阪〜福岡
- 使用機種
- マーチン2-0-2型機(アメリカ製)
- 運航担当
- ノースウェスト航空(操縦士派遣)
- 機体の愛称
- すい星・きん星・か星・もく星・ど星(惑星由来)
- もく星号墜落事故
- 1952年4月9日、伊豆大島・三原山に墜落。乗客・乗務員37名全員死亡
1951年(昭和26年)10月24日、戦後初の国内民間航空路線がようやく空へ飛び立ちました。日本航空が東京〜大阪〜福岡間で定期運航を開始したこの日を記念して、「民間航空記念日」が設けられています。
第二次世界大戦の敗戦後、日本は連合国の占領政策によって航空機の運用を厳しく制限されていました。軍用機はもちろん、民間航空機も一切認められず、模型飛行機でさえ飛ばすことが禁じられていたといわれています。空を飛ぶことそのものが、長きにわたって日本人に許されなかった時代です。
そのような状況のなか、1951年に日本航空が設立され、国内定期路線が復活することになりました。ただし、当初の運航体制は特殊なものでした。日本側が担当したのは営業面のみで、実際の運航はアメリカのノースウエスト航空が操縦士を派遣するかたちで行われました。使用機材もアメリカ製のマーチン2-0-2型機で、日本航空は同型機を5機導入しています。
この5機には、太陽系の惑星にちなんだ愛称がそれぞれ付けられました。「すい星」「きん星」「か星」「もく星」「ど星」という名前は、水星・金星・火星・木星・土星に由来するものです。戦後の復興期に空を取り戻した喜びが、星々の名前に込められていたといえます。
しかし、就航からわずか半年後に悲劇が起こります。1952年(昭和27年)4月9日、「もく星号」が伊豆大島の三原山に墜落し、乗客・乗務員37名全員が犠牲となりました。日本の民間航空史上に残る大惨事です。事故後、マーチン2-0-2型機は全機アメリカへ返却されることになりました。事故原因は軍事機密に関わる部分もあり、今もなお明確には解明されていません。この「もく星号墜落事故」は、日本の航空安全の歴史においてたびたび振り返られる出来事です。民間航空の再出発から始まった短い輝きと、突然の終わり。10月24日はその両方を記憶にとどめる日でもあります。
10月25日のカレンダー情報
10月の二十四節気・雑節
- 寒露(かんろ) 10月8日(木)
- 霜降(そうこう) 10月23日(金)
- 秋の土用(どよう) 10月20日(火)