茶の花忌 (記念日 10月26日)
- 生没年
- 1898〜1927年(享年29歳)
- 出身地
- 東京府南多摩郡堺村相原(現:町田市)
- 代表詩集
- 『秋の瞳』(1925年)、『貧しき信徒』(1928年)
- 職業
- 中学校英語教師・詩人
- 死因
- 肺結核
- 記念館
- 八木重吉記念館(東京都町田市相原町)
29歳という短い生涯に、信仰と自然への純粋な眼差しを詩に刻んだ詩人がいます。八木重吉——大正から昭和初期に活動したキリスト教詩人で、10月26日はその忌日にあたります。白い茶の花が野山に静かに咲く季節であることから、「茶の花忌(ちゃのはなき)」と呼ばれ、生誕地である東京・町田市の八木重吉記念館で毎年追悼行事が営まれています。
1898年(明治31年)、東京府南多摩郡堺村相原(現:東京都町田市相原町)に生まれた重吉は、代々農業を営む家の次男でした。学生時代から英語を得意とし、東京高等師範学校(現:筑波大学)英語科に進学。在学中に文学への関心を深め、校内の詩の会にも参加しました。21歳のとき、東京・駒込の教会で牧師・富永徳磨から洗礼を受けてキリスト教に入信します。その後、無教会主義の思想家・内村鑑三に傾倒し、教会に通わずひとりで信仰を育てるという独自のスタイルを貫きました。
1922年に島田とみと結婚し、神奈川県の中学校で英語教師として働きながら詩作に取り組みます。1925年(大正14年)、自費出版で詩集『秋の瞳』を刊行。素朴で短い言葉の中に神への祈りと自然への愛を宿したその詩風は、生前はほとんど知られることがありませんでした。同年、肺結核と診断され、療養生活に入ります。病床でも詩を書き続け、自ら次の詩集を編纂しましたが、1927年(昭和2年)10月26日、29歳の若さで没しました。翌1928年、遺稿集『貧しき信徒』が刊行されると、その清澄な詩の世界が広く知られるようになります。重吉の詩には「秋」「土」「草」「光」といった身近なものへの静かな視線が貫かれています。なかでも「おう神よ あなたはここにいる それだけで わたしには十分です」という詩句は、飾り気のない言葉で信仰の深さを表した一節として今も多く引用されます。長大な叙事詩ではなく、数行の短詩に宇宙を凝縮する手法は、生涯を通じて変わりませんでした。
生誕地に建つ八木重吉記念館(東京都町田市相原町)では、毎年10月26日の茶の花忌に合わせて追悼イベントが開催されています。全国から詩を愛する人々が集い、重吉の詩の朗読や講演などを通じてその足跡を振り返ります。記念館の敷地には茶の木が植えられており、10月下旬には白い小さな花が静かに咲きます。命日の名の由来となった茶の花は、重吉の詩そのものを映すかのように、華やかさとは無縁の場所で、ひっそりと香りを放っています。
10月26日の他の記念日
10月26日のカレンダー情報
10月の二十四節気・雑節
- 寒露(かんろ) 10月8日(木)
- 霜降(そうこう) 10月23日(金)
- 秋の土用(どよう) 10月20日(火)