日本ブラジル修好記念日 (記念日 11月5日)

日本ブラジル修好記念日
条約締結日
1895年(明治28年)11月5日
調印地
パリ(駐仏公使館経由)
日伯修好100周年
1995年(平成7年)・記念式典と記念切手を発行
ブラジル移民の始まり
1908年・笠戸丸で781名が渡航
現在の日系ブラジル人人口
約150万人以上(海外最大の日系社会)

日本とブラジルの間には、世界でも例を見ない規模の人的絆が存在します。ブラジルには現在、約150万人以上の日系人が暮らしており、日本国外で最大の日系社会を形成しています。その出発点となったのが、1895年(明治28年)11月5日に締結された「日伯修好通商航海条約」です。毎年11月5日はこの条約締結を記念する「日本ブラジル修好記念日」として位置づけられています。

条約はパリにおいて、駐仏日本公使・曾禰荒助とブラジル公使・ガブリエル・アルメイダの間で調印されました。なぜパリで締結されたかといえば、当時の両国は互いに常駐の外交公館を持たず、第三国の公使館を通じた交渉が現実的な手段だったためです。この条約によって日伯間に正式な外交関係が樹立され、1897年の批准書交換後、当時のブラジルの首都リオデジャネイロ近郊のペトロポリスに日本公使館が設けられました。

条約締結の背景には、両国それぞれの切実な事情がありました。ブラジルでは1888年の奴隷制廃止によって農園の労働力が急減し、政府は外国人移民の積極的な受け入れに舵を切っていました。一方の日本も、農村部の過剰人口と貧困問題を抱え、海外移住先を必要としていました。1900年代に入るとアメリカが日本人移民の制限を強め、新たな受け入れ国としてブラジルが浮上します。1908年、笠戸丸に乗った781名の日本人移民がサントス港に上陸し、ブラジルへの本格的な移住の歴史が始まりました。

1995年(平成7年)は日伯修好100周年の節目にあたり、両国で記念式典が盛大に開催されたほか、記念切手も発行されました。さらに2008年にはブラジル移民100周年を迎え、日本とブラジルの間で多彩な記念事業が行われました。日本で生まれブラジルへ渡った移民の子孫が現地に根を張る一方、1990年代には多くの日系ブラジル人が「デカセギ」として日本に渡り、両国の人的交流はいまも双方向で続いています。

一枚の条約が生んだ130年以上の歴史は、外交関係の枠を超え、言語・料理・音楽などの文化が交差する豊かな遺産として両国に刻まれています。

11月5日のカレンダー情報

六曜 仏滅
吉日 天恩日
月齢 25.5

11月の二十四節気・雑節

  • 立冬(りっとう) 11月7日(土)
  • 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)