電報の日 (記念日 11月5日)
- 申し込み電話番号
- 115番
- 日本初の電報サービス開始
- 1870年(明治3年)東京〜横浜間
- 電報利用のピーク
- 1963年(年間約9,461万通)
- モールス信号の発明者
- サミュエル・モールス(1837年)
- 現在の主な用途
- 冠婚葬祭の祝電・弔電
- 日本への技術伝来
- 1854年、ペリー提督が幕府に電信機を献上
1870年1月26日、東京と横浜を結ぶ電信線が開通し、日本で初めて電報サービスが始まりました。わずか数分で文字情報が遠くへ届くこの技術は、当時の人々にとって驚異的なものでした。それから約100年後の1963年、電報の取扱通数は年間9,461万通という空前のピークに達します。お正月の賀電や慶弔の知らせが電信局に殺到し、電報配達員が街を走り回った時代がありました。「115番」という番号をご存知でしょうか。電報の申し込みに使う電話番号で、毎年1月15日が「電報の日」とされているのはこの番号に由来しています。かつては家庭に一枚の電報が届くことが、人生の重大な出来事を告げる合図でした。肉親の危篤、戦地からの一報、合格通知——電報が運んできた言葉の重みは、電話やメールとは質が異なるものでした。
電報が伝わる仕組みは、モールス信号から始まります。1837年にアメリカのサミュエル・モールスが発明したこの符号体系は、トン(短音)とツー(長音)の組み合わせで文字を表現します。日本にこの技術が持ち込まれたのは1854年、ペリー提督が幕府に電信機を献上したのがきっかけでした。その後、明治政府が電信網の整備を国策として推進し、1869年には東京—横浜間に最初の電信線が敷設されます。
昭和の高度成長期に最盛期を迎えた電報は、その後、電話の普及とともに急速に役割を変えていきます。かつて緊急連絡の王道だった電報は、携帯電話やインターネットの登場によってその座を明け渡しました。しかし「消えた」わけではありません。現在、NTTをはじめ複数の事業者が電報サービスを提供しており、利用の大半は結婚式の祝電や葬儀の弔電です。
改まった場での「言葉の贈り物」として、電報は独自のポジションを保っています。
デジタル通信があらゆる場面を覆い尽くしても、電報が生き残り続けるのには理由があります。電報は「送った」という事実そのものに意味が宿る媒体です。式場の壇上で読み上げられる一通の祝電、葬儀の受付に並ぶ弔電の束——そこには、メッセージアプリの通知音では代替できない、物理的な誠意の表れがあります。115番への一本の電話から始まるこのサービスは、通信技術の最先端が変わっても、人と人をつなぐ儀礼としての価値を静かに守り続けています。
11月5日の他の記念日
11月5日のカレンダー情報
11月の二十四節気・雑節
- 立冬(りっとう) 11月7日(土)
- 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)