西陣の日 (記念日 11月11日)

西陣の日
記念日
11月11日
制定
「西陣の日」事業協議会(13団体)
由来の出来事
応仁の乱終結(1477年12月16日)
地名の起源
西軍・山名宗全の本陣跡
技術の起源
5〜6世紀、秦氏による養蚕・織物
指定区分
経済産業大臣指定 伝統的工芸品

応仁の乱が終結した日付、文明9年11月11日(新暦1477年12月16日)。この日を起源として、西陣織工業組合など西陣織関係の13団体で組織された「西陣の日」事業協議会が11月11日を「西陣の日」と制定しました。「西陣」という地名の由来も、応仁の乱(1467〜77年)にあります。10年以上にわたって京都を焦土と化したこの戦乱で、東軍と西軍に分かれて激突した武将たちのうち、西軍の総大将・山名宗全はその屋敷に本陣を置きました。この「西」軍の「陣」が地名の起源で、山名邸跡地を中心とする一帯が「西陣」と呼ばれるようになったのは、乱が終わった後のことです。

戦乱の間、京都の織手たちは各地へ逃れていました。応仁の乱が収束すると、全国に散らばっていた職人たちは西軍の本陣跡周辺に戻り住み着き、そこで再び機を織り始めました。この地で再興された絹織物が「西陣織」と呼ばれるようになった経緯です。西陣織の技術的な起源はさらに古く、5〜6世紀に渡来系の豪族・秦氏が山城国(現在の京都)で養蚕・織物を行っていたころにまでさかのぼります。

現在、西陣織は経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されています。金糸・銀糸を用いた帯地や着物生地として知られ、先染めの糸を使って柄を織り出す「先染め織物」の技法が特徴です。西陣織工業組合によると、最盛期には年間約8000万平方メートルを超える生産量を誇っていた時期もありますが、着物需要の変化とともに生産量は縮小しています。それでも京都の中心部に今も織元や問屋が集まり、伝統の技法が受け継がれています。

2022年は西陣の名称が生まれてから555年目にあたるとして、「西陣呼称555年記念事業」が実施されました。西陣の日は、応仁の乱の終結という歴史的な節目に職人たちが京都に帰還し、伝統産業が再生した出来事を今に伝える記念日です。

11月11日の他の記念日

11月11日のカレンダー情報

六曜 赤口
月齢 1.8

11月の二十四節気・雑節

  • 立冬(りっとう) 11月7日(土)
  • 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)