留学の日 (記念日 11月12日)

留学の日
記念日の日付
11月12日(旧暦1871年)
制定団体
一般社団法人海外留学協議会(JAOS)
女性留学生の人数
5名(日本初の女性国費留学生)
最年少留学生
津田梅子・当時6歳
津田梅子の設立機関
津田英学塾(現・津田塾大学)
同行した使節団
岩倉使節団(1871年派遣)

わずか6歳で太平洋を渡った少女がいた。1871年(明治4年)の秋、津田梅子はまだ日本語しか話せない年齢で、アメリカへの長い船旅に出発した。同行したのは山川捨松(11歳)、永井繁子(9歳)、吉益亮子(15歳)、上田悌子(16歳)の4人。この5人の女性たちこそ、日本初の女性国費留学生です。

1871年(明治4年)11月12日(旧暦)、5人は岩倉使節団とともに横浜を発ち、アメリカへと旅立ちました。この歴史的な出発の日にちなみ、一般社団法人海外留学協議会(JAOS)が「留学の日」を制定し、日本記念日協会に登録されています。JAOSは東京都新宿区神楽坂に事務局を置き、留学業界の健全な成長を目指す団体です。

当時の日本は明治維新からわずか数年。欧米列強に追いつくため、政府は岩倉使節団を組織して西洋の文明・制度を視察させました。その使節団に、女性留学生を同行させたことは画期的な決断でした。それまで海外留学は男性の特権とされていましたが、この5人の派遣によって、女性にも学びの扉が開かれました。留学が本格的に日本人全体に開放された象徴的な瞬間として、JAOSはこの日を記念日に選んでいます。

5人のうち、吉益亮子と上田悌子はホームシックなどの理由で早期に帰国しましたが、津田梅子・山川捨松・永井繁子の3人は約10年をアメリカで過ごし、それぞれ帰国後に日本社会で活躍しました。山川捨松は日本赤十字社の活動に貢献し、津田梅子は女性の高等教育を広めるため津田英学塾(現・津田塾大学)を設立しました。6歳で渡米した梅子が、帰国後に女子教育の先駆者となった事実は、留学という経験の持つ力を雄弁に物語っています。

「留学の日」は毎年11月12日。この日は、一人の少女が船の甲板から見た太平洋の広さと、彼女たちが切り拓いた未来への道を思い起こす機会でもあります。

11月12日のカレンダー情報

六曜 先勝
吉日 寅の日、不成就日
月齢 2.8

11月の二十四節気・雑節

  • 立冬(りっとう) 11月7日(土)
  • 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)