空也忌 (記念日 11月13日)
- 生没年
- 903〜972年(平安時代中期)
- 忌日の根拠
- 空也自身が965年に「この日を忌日とせよ」と指定
- 称念仏の実践
- 938年、京都東市で日本初の口称念仏を開始
- 空也堂の法要
- 毎年11月第2日曜日、京都市中京区
- 六波羅蜜寺
- 951年の疫病鎮護が縁起、963年創建
- 関連文化財
- 歓喜踊躍念仏(重要無形民俗文化財)
「南無阿弥陀仏」の六文字を唱えると、その一音一音が小さな阿弥陀仏となって口から飛び出す——。六波羅蜜寺に伝わる空也上人立像は、その伝説をそのまま彫刻にした異形の像です。口から六体の仏を吐き出す姿は、鎌倉時代の仏師・康勝による作ですが、モデルとなった空也という僧の生き方そのものが、この像に劣らず劇的なものでした。11月13日の空也忌は、その空也上人(903〜972年)を偲ぶ日です。
空也が称名念仏——観想を伴わず、ただひたすら口で「南無阿弥陀仏」と唱える行——を日本で記録上初めて実践したのは、938年(天慶元年)のことです。当時の念仏は、心の中で阿弥陀仏を観想する高度な修行で、一部の学僧のものでした。空也はそれを「誰でも声に出して唱えればよい」と根本から転換し、京都の市中を拠点に貴賤を問わず念仏を広めました。「市聖(いちのひじり)」と呼ばれたのは、貴族の邸宅ではなく市場や街頭で庶民とともに念仏を唱え続けたからです。
951年、都に疫病が大流行した際には、十一面観音像を刻んで洛中を引き回し、疫病退散を祈願したと伝わります。この観音像を963年に六波羅の地に安置したのが六波羅蜜寺の起源とされており、空也はその後もこの地を拠点に活動を続けました。鎌倉時代に成立した仏教史書「元亨釈書」には、入寂は972年(天禄3年)9月11日と記されています。しかし忌日が11月13日とされるのは、空也自身が965年に京都を離れて東国へ化導の旅に出る際、「この日を忌日とせよ」と告げたことによります。
その遺言に従い、京都市中京区の空也堂では毎年11月の第2日曜日に開山忌の法要が営まれます。空也念仏を唱えながら市中を練り歩く「歓喜踊躍念仏」は重要無形民俗文化財です。
参考リンク
11月13日の他の記念日
11月13日のカレンダー情報
11月の二十四節気・雑節
- 立冬(りっとう) 11月7日(土)
- 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)