島原防災の日 (記念日 11月17日)
- 制定者
- 長崎県島原市
- 噴火再開日
- 1990年(平成2年)11月17日
- 最大火砕流
- 1991年6月3日
- 死者・行方不明
- 44名
- 住宅被害
- 2,500棟以上
- 記念施設
- 雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)
1991年6月3日、雲仙普賢岳(長崎県島原市)で戦後最大規模の火砕流が発生し、報道関係者や消防団員ら43人が命を落としました。噴火そのものは前年の1990年(平成2年)11月17日に始まっており、約198年ぶりの活動再開でした。その日を忘れないために、長崎県島原市は11月17日を「島原防災の日」と制定しています。
1990年の噴火再開当初は水蒸気爆発が中心でしたが、翌1991年5月以降に溶岩ドームの形成が進み、火砕流が頻発するようになりました。1991年5月から1996年5月までの約5年間に、火砕流は9,000回以上観測されています。最大規模の火砕流が発生した1991年6月3日には、取材中だった報道陣や観測にあたっていた火山学者も巻き込まれました。この火砕流は「定点」と呼ばれた場所を超える想定外の流下を見せ、被害を拡大させました。
一連の噴火活動による被害は、死者・行方不明者44名、住宅被害2,500棟以上、経済的損失は約2,300億円に上りました。島原市の北東部に広がる仁田団地や深江町の集落が大きな被害を受け、多くの住民が長期にわたる避難生活を余儀なくされました。噴火活動が収束したのは1996年のことです。
現在、島原市には「雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)」が建てられており、当時の火砕流の映像や被災した建物の一部が保存・展示されています。「がまだす」とは島原地方の方言で「頑張る」を意味し、復興への思いが館名に込められています。噴火災害の記憶を伝えるとともに、火山防災の拠点として機能しています。
島原防災の日は、噴火が始まった1990年11月17日を起点として、災害の教訓を次世代へ継承することを目的としています。毎年11月17日には防災訓練や追悼行事が実施されています。
11月17日のカレンダー情報
11月の二十四節気・雑節
- 立冬(りっとう) 11月7日(土)
- 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)