ボタンの日 (記念日 11月22日)
- 制定年
- 1987年(昭和62年)
- 制定者
- 日本釦協会・全国ボタン工業連合会
- 由来の出来事
- 1870年(明治3年)海軍制服へのボタン採用
- ボタンの配置
- 前面2行9個・後面2行3個
- ボタンのデザイン
- 金地に桜と錨の模様(国産)
- 漢字表記
- 釦(太政官布告で「紐釦」と表記したのが起源)
1870年(明治3年)のこの日、ヨーロッパスタイルのネイビールックが日本海軍の制服として正式に採用されました。そのとき制服に用いられたのは、金地に桜と錨(いかり)の模様が施された国産のボタンです。配置は前面2行に9個、後面2行に3個と細かく定められており、近代日本の軍服としての体裁が整えられました。この出来事を起点に、11月22日は「ボタンの日」として知られるようになります。
記念日を制定したのは、一般社団法人・日本釦協会や全国ボタン工業連合会などです。1987年(昭和62年)に制定され、日本記念日協会によっても認定・登録されています。申請した日本釦協会は服飾ボタンを専門とする業界団体で、ボタン産業の振興と育成を目的として、この歴史的な日を記念日に選びました。
「ボタン」という言葉は、ポルトガル語の「botão(ボタォン)」に由来するとされています。では、漢字ではどう書くのでしょうか。現在「釦」という一字が当てられていますが、これにはユニークな経緯があります。明治初期の太政官布告の際、「ボタン」に対応する漢字が存在せず、「服の口(くち)に金属製品を入れて紐の代用にする」という意味から「紐釦」と表記し、それを「ボタン」と読ませることにしたのが始まりとされています。この「釦」という字が生まれた背景には、西洋文化を受け入れながら日本語に落とし込もうとした明治期の知恵が垣間見えます。外来の概念を既存の漢字の組み合わせで表現するという手法は、当時の官僚や学者たちが言葉と格闘した痕跡でもあります。
身近な存在であるボタンですが、日本の近代化と深く結びついた歴史を持っています。明治政府が西洋式の軍服を取り入れた際、国産のボタンが正式採用されたことは、当時の製造技術の水準を示す出来事でもありました。
参考リンク
11月22日の他の記念日
11月22日のカレンダー情報
11月の二十四節気・雑節
- 立冬(りっとう) 11月7日(土)
- 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)