一万円札発行の日 (記念日 12月1日)
- 初発行日
- 1958年(昭和33年)12月1日
- 初代肖像(表面)
- 聖徳太子(透かし:法隆寺夢殿)
- 当時の大卒初任給
- 約1万3,000円
- 2代目肖像
- 福沢諭吉(1984年11月1日〜)
- 現行肖像(表面)
- 渋沢栄一(2024年7月3日〜)
- 現行裏面デザイン
- 東京駅丸の内駅舎
1958年(昭和33年)12月1日、日本銀行から最高額紙幣となる一万円札が初めて発行されました。表面には聖徳太子、裏面には鳳凰が描かれ、透かしには法隆寺夢殿が使われていました。当時の大卒初任給が約1万3,000円という時代に、その金額に匹敵する紙幣を発行する必要があるのかという議論が起きたのは自然なことです。しかし蓋を開けてみれば、高度経済成長の波に乗って流通量は着実に増え続け、一万円札は日本経済の拡大を支える存在となっていきました。
聖徳太子が図柄に選ばれたのは、日本人に広く認知された歴史上の人物であり、細密な肖像画が偽造防止にも有効とされたためです。千円札・五千円札にも採用された聖徳太子は、戦後紙幣史でもっとも多く登場した人物でもあります。1984年(昭和59年)11月1日に図柄が刷新されて表面の肖像が福沢諭吉に変わると、「諭吉」という愛称が生まれ、以後40年にわたって一万円札の顔であり続けました。2004年(平成16年)11月1日にはホログラムや微細文字など偽造防止技術を大幅に強化した新紙幣が登場し、裏面のデザインが京都・平等院の鳳凰像へと変更されています。初代に描かれた鳳凰が、半世紀を経て形を変えて裏面に戻ってきた格好です。前年に発行された五千円札とともに、高度経済成長期の日本が新たな経済規模に踏み出した証として、この紙幣の歴史は刻まれています。
2024年(令和6年)7月3日、約20年ぶりの刷新で表面が渋沢栄一、裏面が東京駅丸の内駅舎となりました。
初代の聖徳太子から福沢諭吉、そして渋沢栄一へ。一万円札の図柄の変遷は、日本が時代ごとに何を重んじてきたかを映す鏡のようです。渋沢栄一は多くの企業・社会インフラの礎を築いた「日本資本主義の父」であり、明治・大正期の経済発展を象徴する存在です。1958年の発行からすでに半世紀以上が経ちましたが、最高額紙幣としての地位は変わらず、日本人の日常に溶け込んでいます。
参考リンク
12月1日の他の記念日
12月1日のカレンダー情報
12月の二十四節気・雑節
- 大雪(たいせつ) 12月7日(月)
- 冬至(とうじ) 12月22日(火)