日本アルゼンチン修好記念日 (記念日 12月2日)

日本アルゼンチン修好記念日
条約調印日
1898年2月3日
調印地
ワシントンD.C.
日本側全権
星亨(ほしとおる)
日系コミュニティ
約5万人(現在)
100周年記念切手
1998年12月2日発行・120円
戦後の関係再開
1952年、平和条約締結

1898年(明治31年)2月3日、日本とアルゼンチンは修好通商航海条約に調印しました。調印地はワシントンD.C.で、日本側の全権を務めたのは外交官の星亨でした。この条約によって両国間に正式な外交関係が樹立され、以後の人的・経済的交流の土台が築かれました。

条約締結のころ、アルゼンチンはヨーロッパからの移民を積極的に受け入れ、広大な農地や都市の労働力不足を補っていた時代でした。日本からの移民が本格的に始まったのは20世紀に入ってからで、1908年にブラジルへ向かった移民船・笠戸丸の乗客のうち約160人がブエノスアイレスで下船したことが初期の渡航記録として残っています。その後、沖縄や鹿児島を出身とする移民が次々と渡航し、ブエノスアイレスを中心にクリーニング業や花卉栽培、カフェなどで生計を立てました。特に沖縄県系移民が基礎を築いた花卉栽培は、やがてアルゼンチン国内の産業として定着し、日系コミュニティの貢献として今日も広く知られています。現在、アルゼンチンには約5万人規模の日系コミュニティが存在しており、各地に県人会や日本語学校が置かれています。

外交関係は第二次世界大戦中に断絶しました。1944年1月に国交を断絶し、1945年3月には対日宣戦布告に至りました。戦後の1952年に平和条約が締結されて関係が再開し、1963年には移住協定、1967年には新たな友好通商航海条約が発効しています。

条約締結から100年。1998年(平成10年)12月2日、日本郵便は修好100周年を記念する切手を発行しました。

切手のデザインには、アルゼンチンを象徴するタンゴを踊る男女の姿が採用されています。タンゴは19世紀後半にブエノスアイレスの港湾地区・ボカで生まれた音楽と舞踏で、初期の日本人移民がこの地に到着した歴史とも重なります。額面は120円で、日亜両国の関係を視覚的に表現した記念品として発行されました。2018年の条約締結120周年には、アルゼンチン国内で記念式典が開催され、両国合わせて300を超える記念行事が実施されました。

12月2日のカレンダー情報

六曜 先負
吉日 一粒万倍日、大明日、天恩日
月齢 22.8

12月の二十四節気・雑節

  • 大雪(たいせつ) 12月7日(月)
  • 冬至(とうじ) 12月22日(火)