開高忌 (記念日 12月9日)
- 忌日
- 1989年(平成元年)12月9日
- 別名
- 悠々忌(ゆうゆうき)
- 生年月日
- 1930年12月30日(大阪市天王寺区)
- 受賞歴
- 芥川賞・菊池寛賞・日本文学大賞など
- 墓所
- 神奈川県茅ヶ崎市・円覚寺境内 松蔭院
- 記念館
- 開高健記念館(神奈川県茅ヶ崎市)
1989年(平成元年)12月9日、作家・開高健(かいこう たけし)が食道癌に肺炎を併発して死去しました。58歳でした。その忌日は「開高忌」、あるいは「悠々忌」とも呼ばれています。
開高健は1930年(昭和5年)12月30日、大阪府大阪市天王寺区に生まれました。1953年(昭和28年)に大阪市立大学法文学部法学科(現:法学部)を卒業し、1957年(昭和32年)に短編小説『パニック』を発表してデビューします。翌1958年(昭和33年)には短編小説『裸の王様』で第38回芥川賞を受賞。戦後の工業社会における「組織と個人」という現代的なテーマを、これらの作品で鋭く描き出しました。
芥川賞受賞後は、行動派の作家として知られるようになります。ベトナム戦争を直接取材し、その凄烈な体験をもとに書いた『輝ける闇』(1968年)は毎日出版文化賞を受賞。続く『夏の闇』(1971年)とあわせて、戦場という極限状況における人間の内面を掘り下げた作品として評価されています。1981年(昭和56年)には、『ベトナム戦記』(1965年)などルポルタージュ文学確立の功績により第29回菊池寛賞を受賞しました。
晩年は自伝的な長編にも取り組み、1987年(昭和62年)に『破れた繭 耳の物語1』と『夜と陽炎 耳の物語2』(1986年)で日本文学大賞を受賞しています。後半生の16年間を過ごした神奈川県茅ヶ崎市には、現在も開高健記念館が開設されており、原稿や愛用の品々が展示されています。墓は同市山ノ内の円覚寺境内にある松蔭院にあります。
死後、開高の業績を記念した文学賞が相次いで創設されました。1992年(平成4年)から2001年(平成13年)までTBSブリタニカ(後に阪急コミュニケーションズ)が「開高健賞」を主催し、2003年(平成15年)からは集英社がノンフィクションを対象とした「開高健ノンフィクション賞」を創設しています。小説・ルポルタージュの両分野にわたる多彩な仕事は、今もこれらの賞を通じて後進の書き手へと引き継がれています。
参考リンク
12月9日のカレンダー情報
12月の二十四節気・雑節
- 大雪(たいせつ) 12月7日(月)
- 冬至(とうじ) 12月22日(火)