黒鳥忌 (記念日 12月10日)

黒鳥忌
生年月日
1922年(大正11年)9月17日
忌日
1993年(平成5年)12月10日(71歳)
代表作
『虚無への供物』(1964年、塔晶夫名義)
受賞歴
第2回泉鏡花文学賞(1974年)
勤務先
角川書店(短歌雑誌編集)
黒鳥忌の由来
自宅を「黒鳥館」と呼んでいたことにちなむ

夢野久作の『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』とともに「日本推理小説の三大奇書」に数えられる『虚無への供物』。その著者・中井英夫(なかい ひでお)の忌日が「黒鳥忌(こくちょうき)」です。

中井は1922年(大正11年)9月17日、東京市滝野川区田端(現:東京都北区田端)に生まれました。父・中井猛之進(なかい たけのしん)は植物学者で、国立科学博物館館長を歴任した東京帝国大学名誉教授です。生家は小説家・芥川龍之介が晩年に住んでいた自宅の近所にあたり、中井は幼少期に自殺直前の芥川のもとへ何度か遊びに出かけたといいます。東京大学文学部言語学科を中退後、日本短歌社を経て角川書店に入社し、短歌雑誌の編集者として歌人の塚本邦雄(つかもと くにお)・寺山修司(てらやま しゅうじ)・春日井建(かすがい けん)など、のちに時代を代表する多くの才能を見出しました。

1964年(昭和39年)、塔晶夫(とう あきお)名義で長編小説『虚無への供物(きょむへのくもつ)』を刊行します。アンチ・ミステリーの傑作として後に高く評価され、三大奇書の一作として現在も読み継がれています。その後も『見知らぬ旗』(1971年)、『幻想博物館』(1972年)などを発表し、1974年(昭和49年)には『悪夢の骨牌(カルタ)』(1973年)で第2回泉鏡花文学賞を受賞しました。

1993年(平成5年)12月10日(金曜日)、肝不全のため東京都日野市の病院にて71歳で亡くなりました。この日付には奇妙な一致があります。『虚無への供物』の物語は12月10日の金曜日から幕を開けており、中井の命日と作中の開巻日が曜日まで一致していたのです。「黒鳥忌」という呼称は、中井が自宅を「黒鳥館」、自身を「黒鳥館主人」と名乗っていたことにちなみます。著書にはほかに、小説『黒鳥の哭き(こくちょうのさざやき)』(1974年)、『光のアダム』(1978年)、短歌評論『黒衣の短歌史』(1971年)などがあります。

12月10日のカレンダー情報

六曜 赤口
吉日 神吉日、大明日
月齢 1.1

12月の二十四節気・雑節

  • 大雪(たいせつ) 12月7日(月)
  • 冬至(とうじ) 12月22日(火)