ビタミンの日 (記念日 12月13日)
- 記念日制定
- 2000年(平成12年)9月
- 由来の出来事
- 1910年9月12日、東京化学会でオリザニン命名発表
- 発見者
- 農芸化学者・鈴木梅太郎博士(1874〜1943年)
- 発見物質
- オリザニン(後のビタミンB1・チアミン)
- 予防できた病気
- 脚気(ビタミンB1欠乏による心不全・末梢神経障害)
- 脚気死者1000人未満
- 1950年代にようやく達成
「江戸患い」と呼ばれた脚気は、大正時代に結核と並ぶ「二大国民亡国病」とされた難病でした。その原因を初めて科学的に解明するきっかけを作ったのが、農芸化学者・鈴木梅太郎博士です。1910年(明治43年)9月12日、博士は米糠から抽出した脚気予防成分に「オリザニン」と命名し、東京化学会でその発見を発表しました。この日を記念して、「ビタミンの日」制定委員会が2000年(平成12年)9月に記念日を制定しています。
オリザニンはその後、1年後にカジミール・フンクが発見した「ビタミンB1(チアミン)」と同一物質であることが判明します。フンクは1912年にこの種の栄養素を「ビタミン」と命名したため、鈴木博士の発見は世界的な認知を得られないまま歴史に埋もれてしまいました。発表論文の独訳版に「ビタミン」という語が追記されなかったことが、優先権を逃した一因とされています。脚気とは、ビタミンB1欠乏によって心不全と末梢神経障害をきたす疾患です。心不全による足のむくみ、神経障害による足のしびれが主な症状で、白米食が広まった江戸では庶民病として蔓延しました。一方、玄米を食べていた農村部では患者が少なく、この差異がのちに食事との関連を示す重要な手がかりとなりました。
しかし、鈴木博士の栄養欠乏説が医学界に受け入れられるまでには長い時間がかかりました。当時の医界では脚気の原因として伝染病説・中毒説が支配的であり、医学の外側にいた農芸化学者の説は容易には認められませんでした。加えて、ビタミンB1の製造が天然物質からの抽出に頼っていたため価格が高く、広く普及しなかったことも治療の遅れを招きました。脚気による年間死者数が1000人を下回ったのは、ようやく1950年代のことです。
9月12日は、一粒の米糠から生命維持に不可欠な物質が発見された日です。鈴木博士の発見が、現代のビタミン研究すべての出発点でした。
12月13日の他の記念日
12月13日のカレンダー情報
12月の二十四節気・雑節
- 大雪(たいせつ) 12月7日(月)
- 冬至(とうじ) 12月22日(火)