改正民法公布記念日 (記念日 12月22日)
- 公布日
- 1947年(昭和22年)12月22日
- 施行日
- 1948年(昭和23年)1月1日
- 改正対象
- 民法第4編(親族)・第5編(相続)
- 廃止された制度
- 家父長制(戸主制度)・家督相続
- 根拠条文
- 日本国憲法第24条(両性の平等)
- 戸籍単位の変更
- 「家」単位から夫婦・親子単位へ
1947年12月22日、明治以来80年近く続いた家父長制度が法律の上から消えました。
家父長制とは、一家の長たる男性(戸主)が家族全員を法的に支配する制度です。戸主は家族の居所を指定し、結婚・離婚・養子縁組に同意を与える権限を持ち、家の財産は長男が一括して受け継ぐ「家督相続」が原則でした。明治民法のもとでは、妻は法律行為に夫の許可が必要な「無能力者」とされ、子どもの親権も父親が原則として握っていました。
改正の直接的な根拠となったのは、1946年に公布された日本国憲法第24条です。同条は「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」すると宣言し、財産権・相続・住居選定・離婚など家族に関わるすべての事項について「個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した」法律の制定を義務づけました。この条文はGHQの草案を起点に、当時25歳のベアテ・シロタ・ゴードンが原案を作成したとされており、戦前の家制度を解体する意図が明確に込められていました。憲法施行からわずか半年余りで民法改正が実現したのは、この条文が持つ強い規範的要請によるものです。
改正民法の柱は三つです。まず「家」と「戸主」の廃止。戸籍はそれまでの「家」単位から夫婦・親子を基本とする単位へと変わりました。次に家督相続の廃止と均分相続の確立。遺産は子どもが男女を問わず等しく受け継ぐことになり、長男が総取りする慣行は制度的に否定されました。そして配偶者・子どもの法的地位の向上です。妻の行為能力が認められ、親権は父母が共同で行使するものとされました。
施行は翌1948年1月1日。均分相続は農村の土地細分化をめぐる問題を生み、選択的夫婦別姓の議論は現在まで続いています。この日に公布された改正民法は、現代日本の家族制度の出発点として今も問われ続けています。
12月22日のカレンダー情報
12月の二十四節気・雑節
- 大雪(たいせつ) 12月7日(月)
- 冬至(とうじ) 12月22日(火)