皇紀とは?今年は皇紀何年
今日は 2026年9月30日(水)
皇紀(神武天皇即位紀元)は、西暦に660を足すと求められます。2026年(令和8年)は、皇紀2686年です。
この答えが当てはまる範囲
西暦(グレゴリオ暦)の年から求める皇紀(神武天皇即位紀元)の年数日付の決まり方
皇紀は、西暦の年に660を足すと求められます。この関係は、今も効力のある明治31年勅令第90号(閏年ニ関スル件)の条文が前提にしている数え方です。 出典:国立天文台暦計算室 暦Wiki「1年とは?/紀元」(2026-09-26 照合)皇紀とは(太政官布告と即位の換算)
皇紀(こうき)は、初代の神武天皇が即位したとされる年を1年目として数える、日本独自の年の数え方です。正式には「神武天皇即位紀元」といいます。
この数え方は、明治5年(1872年)11月15日の太政官布告第342号にさかのぼります。この布告で、神武天皇の即位を紀元(年の数え始め)と定めました。
神武天皇の即位は『日本書紀』の記述をもとに紀元前660年の正月朔(旧暦の1月1日)ととらえられ、グレゴリオ暦に換算すると2月11日にあたります。この日付が、のちの「建国記念の日」のもとになりました。
西暦から皇紀を求める式(西暦+660)
皇紀は、今も効力のある明治31年(1898年)の勅令「閏年ニ関スル件」(勅令第90号)の条文の中で使われています。その条文は、閏年を決める際に「紀元年数から660を減じて」西暦相当の年数を求める書き方になっており、皇紀=西暦+660という関係そのものが、この条文の前提になっています。
この式に当てはめると、2026年は皇紀2686年になります(2026+660=2686)。
2026年からの西暦・和暦・皇紀の対応
同じ式は、これから先の年にもそのまま使えます。今年から数年分の西暦・和暦(元号)・皇紀の対応は、次の表のとおりです。
| 西暦 | 和暦・皇紀 |
|---|---|
| 2026年 | 令和8年・皇紀2686年 |
| 2027年 | 令和9年・皇紀2687年 |
| 2028年 | 令和10年・皇紀2688年 |
| 2029年 | 令和11年・皇紀2689年 |
| 2030年 | 令和12年・皇紀2690年 |
紀元節と戦後の「建国記念の日」
戦前は2月11日が「紀元節」という祝日でした。大正元年(1912年)の勅令「休日ニ関スル件」(大正元年勅令第19号)に、紀元節が2月11日の休日として定められています。
戦後、紀元節はいったん廃止されましたが、昭和41年(1966年)の祝日法改正(法律第86号)によって「建国記念の日」が国民の祝日として新設されることになりました。具体的な日付は同年の政令(昭和41年政令第376号)で2月11日と定められ、これが現在の「建国記念の日」です。
2026年の建国記念の日は2026年2月11日(水)です。
他の年に当てはめると
「西暦+660」の式は、どの年にも当てはめられます。たとえば皇紀2600年にあたる西暦は1940年です(2600-660=1940)。
皇紀そのものに固有のうるう年の計算があるわけではありません。勅令第90号の閏年の規定も、皇紀年数から660を引いて西暦相当の年に戻したうえで、100で割り切れて400で割り切れない年は平年とする、現在のグレゴリオ暦のうるう年の規則と同じ形になっています。
注意すること
上の対応表は、皇紀の年も西暦と同じく1月1日で切り替わるものとして計算しています。
この記事の根拠
- 官公庁:国立天文台暦計算室 暦Wiki「1年とは?/紀元」
「明治05年11月15日 太政官布告第342号に、神武天皇即位を紀元と定めるとあります」 - 法令:国立公文書館デジタルアーカイブ「閏年ニ関スル件・御署名原本・明治三十一年・勅令第九十号」
「神武天皇即位紀元年数ノ四ヲ以テ整除シ得ヘキ年ヲ閏年トス但シ紀元年数ヨリ六百六十ヲ減シテ百ヲ以テ整除シ得ヘキモノノ中」 - 法令:国立公文書館デジタルアーカイブ「休日ニ関スル件・御署名原本・大正元年・勅令第十九号」
「紀元節 二月十一日」 - 官公庁:内閣府「各『国民の祝日』について」
「建国記念の日となる日を定める政令(昭和41年政令第376号)を定め、建国記念の日は、2月11日となりました。」
祝日は祝日法に基づいて決め、内閣府の公表値と照合しています(計算のしかた)
2026年9月26日に出典と照合しました。
皇紀のよくある質問
皇紀とは何の略ですか?
「皇紀」は神武天皇即位紀元の略で、神武天皇が即位したとされる年を1年目とする年の数え方です。
2026年は皇紀何年ですか?
皇紀2686年です。皇紀は西暦に660を足すと求められます(2026+660=2686)。
紀元節と建国記念の日は同じ日ですか?
どちらも2月11日です。戦前は紀元節として大正元年の勅令で休日と定められ、戦後は昭和41年の祝日法改正で建国記念の日として国民の祝日になりました。