抹茶ブームの光と影:倒産相次ぐ日本茶産業の現状
ベストカレンダー編集部
2026年5月16日 20:48
抹茶ブーム議論
開催日:4月26日
📅 カレンダーに追加:Google|iPhone/Outlook
SNSが生んだ抹茶ブーム──数字が示す急速な変化
2026年4月26日、東京ガーデンテラス紀尾井町 紀尾井カンファレンスで開催された招待制エグゼクティブサミット「Tech for Impact Summit 2026(T4IS2026)」の非公開セッション「Strategy Dialogue」では、『The Global Matcha Boom is Disrupting and Destroying Japanese Tea(世界的な抹茶ブームが日本茶産業を破壊する)』と題した議論が行われました。主催は日本茶マーケットプレイスのYunomi Life、運営はソーシャス株式会社です。本稿は当該セッションの要旨を整理したものです。
セッションでは、抹茶ブームのスケールとその影響が具体的な数値で示されました。日本の緑茶輸出額は2024年から2025年にかけて倍増し、政府目標の「2030年までに1,500億円」はほぼ5年早く達成されたと報告されました。しかし、世界の抹茶市場は推定およそ40億ドル(約4,000百万ドル)、そのうち日本が得ているのは約4〜5億ドル(約400〜500百万ドル)にとどまり、世界市場に占めるシェアは限定的であるとの指摘がありました。
市場シェアと価格動向の整理
国内生産量の動きや価格の急変も説明されました。日本の茶生産はピーク時のおよそ10万トンから直近では約7万5,000トンへと減少していますが、抹茶需要増を受けて国内の抹茶生産はこの10年でおよそ3倍に拡大しました。
卸売段階の価格は極めて変動しています。報告では、卸売価格は2024年比で2025年におよそ2倍、さらに当年(セッション開催年)にもおよそ2倍の上昇が見込まれ、葉レベルの卸売価格は2年前と比べておよそ4倍に達したと示されました。この価格変動は上流の農家から下流の加工・流通に至るまで大きな影響を及ぼしています。
- 日本の茶農家の減少:1985年の約20万2,000戸から2020年の約1万2,000戸へ(約94%の減少)
- 生産量の変化:ピーク約10万トン→直近約7万5,000トン
- 輸出額の動き:2024→2025年で倍増。日本の緑茶輸出は約4〜5億ドル
- 世界市場:推定約40億ドル(約4,000百万ドル)規模
産業構造の実態と「倒産の逆説」
セッションで繰り返し論じられたのは、抹茶ブームが到来する一方で、国内の茶業に倒産・廃業が相次いでいるという逆説的な現象です。長期にわたる国内葉茶市場の縮小に伴い、企業や農家は事業再編や設備更新のために融資を受けてきました。そこへ輸出ブームが急速に来た結果、帳簿上は黒字を記録しても資金繰りが追いつかないケースが増えています。
この構造的リスクは複数の要因が重なって生じています。飲料メーカー向けには茶葉の安い等級が大量に買われる一方で、ペットボトル飲料への需要移行によって葉茶の高付加価値市場は縮小し、1キログラムあたりの価値が低下する場面が続いてきました。こうした環境で負債を抱えた企業は、抹茶ブームの恩恵を受けきれないまま資金繰りに行き詰まります。
設備と転換コストの問題
抹茶生産には碾茶(てんちゃ)の生産が必要で、既存の煎茶工場から抹茶生産向けのラインに転換するには設備の入れ替えが避けられません。小規模施設でもその費用はおよそ1億円とされ、投資回収の見通しが立たない産地はあえて転換を見送る選択をしています。
一方で、抹茶需要の高まりにより生葉価格が上昇する恩恵を受ける農家も現れています。従来は1kgあたり約500円で取引されていた生葉が、碾茶向けに3,000〜5,000円で買われるようになり、工場を介さず直接収益を得られるケースも出始めています。産地ごとの選択肢と格差が拡大しているのが現状です。
- 長期的な国内葉茶需要の縮小と負債多重化
- 設備転換コスト(小規模で約1億円)の負担
- 価格上昇がもたらす局所的な恩恵と格差
偽装、トレーサビリティ、そして世界供給の現実
セッションでは産地表示や偽装、トレーサビリティの問題も重要なテーマとして扱われました。SNS上で「農家」を名乗る人物の一部が仲介者であったり、国外登録の企業が著名な産地名を商標登録する事例が挙がるなど、消費者と市場の信頼を揺るがす事象が報告されています。
より構造的な懸念として、碾茶でない粉末茶が「抹茶」として流通している実態があります。2025年の輸出データをめぐっては、輸出された〈抹茶粉末〉の総量が実際に生産された碾茶の量を上回る可能性が指摘され、追跡可能性の欠如が問題視されました。結果として、「宇治抹茶」等の表示が追跡性を欠いたマーケティング用語化する危険も指摘されました。
世界の供給と日本の立ち位置
世界の供給構図では、中国の生産規模が突出しています。中国は約200万トンの緑茶を生産し、日本の約7万5,000トンをはるかに上回ります。中国の大規模工場の一つだけで日本全体に匹敵する量の抹茶生産が可能であり、仮に抹茶がコーヒー市場の10%を奪うような需要を得れば、世界需要はおよそ30万トンに達すると試算され、日本の供給力だけでは対応できないとの試算も示されました。
こうした背景から、日本の設備メーカーが自動化された碾茶生産設備を世界市場へ販売している点も挙げられました。品質差は残るものの、規模と価格で他国が台頭する可能性があることが示唆されました。鹿児島は有機と量の両面で、京都は風味の頂点で先行しているという地域差も報告されています。
- 輸出される「抹茶粉末」と実生産の不一致
- 輸出量が実際の碾茶生産量を上回るのではないか、との見方が示された。
- トレーサビリティの課題
- ブロックチェーン等の技術的解決策への問いかけがあったが、現時点では「顔が見える」関係性が重要だとする回答も示された。
Yunomi Lifeの方向転換と公開された問い
セッションではホストであるYunomi Lifeによる事業戦略の変化も共有されました。これまでの主張である「農家を世界の買い手に見える存在にする」というテーゼは成功を収め、海外の買い手が名前のある農家から直接仕入れる動きが顕在化しています。その一方で生じた課題に対して、同社は戦略の軸足を国内に向け直すと説明しました。
具体的には、日本国内での茶文化の再接続を重視し、茶を淹れるという所作の再普及を試みるという方向性です。その一環として、インバウンド観光客を主要ターゲットとした実店舗カフェを東京に開く計画が示され、輸出で形成されたブランドが観光客や若い世代を通じて国内へ逆流することを狙っています。
残された問いと公開議論
セッションはチャタムハウス・ルールのもとで行われ、特定の参加者発言を個別に帰属させることはしていませんが、議論の中でいくつかの未解決の問いが明確になりました。主な問いは次の通りです。
- 輸出段階で本物の碾茶由来の抹茶と粉末茶をどう識別・区別するか
- 産地表示の無秩序さに対して業界団体や認証が有効に機能し得るか
- 世界のブームが平準化し、他国生産に需要が移った場合の日本茶の位置づけ
会場からはブロックチェーンなどの技術的な追跡手段に関する質問も出ましたが、ホスト側は現段階では人的な「顔の見える」関係性が同様の役割を果たしているとの見解を示しました。こうした点は今後のStrategy Dialogueに持ち帰るべき主題として残されました。
また、セッションは次回のTech for Impact Summit(開催予定:2027年5月18日・19日、東京)へと継続的な議論の場をつなげる意図も明示されました。
まとめ:要点の整理
以下の表は、本セッションで示された主要事実と論点を整理したものです。数値・事実・問いを俯瞰できるようにまとめています。
| 項目 | 内容(数値・要点) |
|---|---|
| 開催情報 | T4IS2026 Strategy Dialogue(2026年4月26日、東京ガーデンテラス紀尾井町 紀尾井カンファレンス)主催:Yunomi Life、運営:ソーシャス株式会社 |
| 茶農家の変化 | 1985年:約20万2,000戸 → 2020年:約1万2,000戸(約94%減) |
| 生産量 | ピーク時:約10万トン → 直近:約7万5,000トン |
| 輸出と市場規模 | 日本の緑茶輸出:およそ4〜5億ドル。世界の抹茶市場:推定約40億ドル |
| 価格動向 | 卸売価格:2024年比で2025年に約2倍、さらに当年も約2倍の見通し。葉レベルで2年前の約4倍 |
| 設備転換費用 | 既存煎茶工場から碾茶(抹茶用)に転換する場合の小規模施設コスト:約1億円 |
| 偽装・トレーサビリティ | 粉末茶が「抹茶」として下流に流れる懸念。輸出された抹茶粉末が実生産を上回る可能性が指摘される |
| 世界供給 | 中国の緑茶生産:約200万トン。日本の約7万5,000トンを大きく上回る。設備の国際展開も進む |
| Yunomi Lifeの戦略 | 農家の可視化に成功。国内消費の再接続と茶を淹れる所作の再普及を目標に東京で実店舗カフェを計画 |
| 未解決の問い | 本物の碾茶と粉末茶の識別、産地表示の整理、他国生産への需要移転時の日本茶の再定位など |
本リリースに関する問い合わせ先や関連情報は、Tech for Impact Summitの公式サイト(https://tech4impactsummit.com/ja)およびソーシャス株式会社のサイト(https://socious.io/ja)に掲載されています。メディア取材に関する連絡はTech for Impact Summit運営事務局(Email:summit@socious.io)までお願いします。
本セッションはチャタムハウス・ルールのもとで実施されており、ここにまとめた内容は出典「Tech for Impact Summit 2026 Strategy Dialogue『The Global Matcha Boom is Disrupting and Destroying Japanese Tea』(2026年4月26日、東京・紀尾井カンファレンス)」を明記のうえ利用可能です。
以上がセッションで提示された主要な事実と論点の整理です。各数値、日付、組織名はセッション資料と登壇者の提示に基づいています。