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日本橋髙島屋に塩瀬総本家[和菓子の日]嘉定饅頭|紅白薯蕷饅頭・全国和菓子協会印入り(6/14-16)

[和菓子の日]塩瀬総本家 嘉定饅頭

開催期間:6月14日〜6月16日

[和菓子の日]塩瀬総本家 嘉定饅頭
(出典: 日本橋髙島屋公式サイト)
いつ・どこで・いくらで買えますか?
2026年6月14日(日)〜16日(火)の3日間、日本橋髙島屋 本館地下1階の和菓子売場〔塩瀬総本家〕で。価格は2個入で1,296円(税込)です。数量限定のため売切れの場合があります。
嘉定饅頭はいつでも買える定番ですか?
いいえ。6月16日の「和菓子の日(嘉定の日)」を記念した3日間限定の販売で、通常メニューには並びません。塩瀬の代表銘菓〈志ほせ饅頭〉は別商品として常時取り扱われています。
なぜ紅白の饅頭に「全国和菓子協会」の印が押されているのですか?
和菓子の日(6月16日)は、平安期の嘉祥元年(848年)に仁明天皇が菓子を神前に供えて疫病退散を祈った故事に由来します。1979年に全国和菓子協会がこの日を「和菓子の日」と制定し、加盟店各社が記念菓子を作る際にこの印を入れています。

日本橋髙島屋 本館地下1階の和菓子売場〔塩瀬総本家〕に、6月16日の「和菓子の日」に合わせた限定菓子〈嘉定饅頭〉が登場する。販売は2026年6月14日(日)から16日(火)までの3日間のみ、紅白の薯蕷饅頭2個入で価格は1,296円(税込)。室町以来の老舗が、平安期に始まり江戸城で大々的に行われた古い行事〈嘉定〉を、和菓子協会公認の印を入れたシンプルな饅頭で現代に伝える。

限定3日間、しかも数量限定での販売となるため、嘉祥の故事に触れながらゆったり味わいたい人は、日程を逆算して動きたい一品である。

〈嘉定饅頭〉の概要——和菓子の日に塩瀬が出す紅白の薯蕷饅頭

〈嘉定饅頭〉は、6月16日の嘉定の日(現代の「和菓子の日」)に合わせて塩瀬総本家が販売する記念菓子である。中身は紅と白の薯蕷饅頭で、表面には全国和菓子協会の印が押される。薯蕷饅頭は、すりおろした山芋に米粉と砂糖を合わせた皮で餡を包んで蒸し上げる、薄い皮ときめ細かな餡が身上の上生菓子で、塩瀬が中興の祖以来こだわってきた製法でもある。

販売は日本橋髙島屋 本館地下1階の和菓子売場〔塩瀬総本家〕で、6月14日(日)・15日(月)・16日(火)の3日間。価格は2個入で1,296円(税込)。あくまで日数・数量限定の特別販売であり、通常メニューとして並ぶものではない点に注意したい。

項目内容
商品名嘉定饅頭(2個入)
価格1,296円(税込)
販売期間2026年6月14日(日)〜16日(火)
販売場所日本橋髙島屋 本館地下1階 和菓子〔塩瀬総本家〕
特徴紅白の薯蕷饅頭。全国和菓子協会の印入り。数量限定

6月16日「和菓子の日」の由来——平安・嘉祥元年の故事から

そもそも6月16日を菓子の日とする習わしは、ずいぶんと古い。平安時代の承和年間に国内で疫病が蔓延し、仁明天皇が848年(承和15年)6月16日に16の数にちなんだ菓子や餅を神前に供え、疾病退散と健康招福を祈って年号を「嘉祥」と改元したと伝えられる。「嘉祥」とは「めでたいしるし」の意で、以後、宮中ではこの故事にちなんだ儀礼が続いたという。

鎌倉時代には、のちの後嵯峨天皇が東宮となる前に6月16日に通貨16枚で菓子を求めて献じたことが吉例となり、皇位継承後も続けられた。武家社会に入ると、その語感が「勝つ」に通じる吉祥として受け取られ、年中行事に組み込まれていったという。

江戸城の大広間に並んだ2万個の菓子

嘉祥(嘉定)の風習が最も派手に展開したのが江戸時代である。江戸幕府では、6月16日に江戸城の大広間(500畳とも伝わる)に2万個を超える菓子を並べ、将軍が大名や旗本に下賜する大規模な儀式となった。庶民の間でも、嘉祥通宝16枚分の銭で菓子を求めて贈答し合う「嘉定食い」と呼ばれる風習が広く行われたとされる。

明治期に入るとこの行事は次第に廃れたが、1979年(昭和54年)に全国和菓子協会が「和菓子の日」として制定し、現代に復活させた。日本橋髙島屋の店頭で塩瀬の〈嘉定饅頭〉が紅白に並ぶ姿は、千年以上にわたって受け継がれてきた和菓子の祈りを、ごく身近に感じさせるものでもある。

塩瀬総本家の足跡——1349年創業、徳川家ゆかりの饅頭司

塩瀬総本家は、1349年(貞和5年)に林浄因(りんじょういん)が奈良で創業したと伝えられる、日本でも屈指の歴史を持つ和菓子司である。中国・浙江省の出身であった浄因は、京都・建仁寺の僧 龍山徳見の帰国に伴って来日し、肉食を禁じられた僧侶のために、小豆を甘葛煎(あまづらせん)の甘味で煮詰めて餡をつくり、皮で包んだ日本で初めての甘い餡入り饅頭を生み出したとされる。後村上天皇に「林」の字を紅で描いた饅頭を献上したという逸話もよく知られる。

浄因の孫 紹絆(しょうはん)は中国に渡って製菓を学び、薯蕷饅頭の製法を持ち帰った。応仁の乱を避けて三河国の塩瀬村(現・愛知県新城市)に疎開したことから、屋号を「塩瀬」と名乗るようになり、足利義政からは「日本第一番饅頭所林氏塩瀬」と直筆の看板を下賜されたと伝わる。今回の〈嘉定饅頭〉が薯蕷饅頭であるのは、こうした紹絆以来の系譜を踏まえたものといえる。

徳川家・芝増上寺との縁

江戸時代に入ると、塩瀬は将軍家・幕府御用達として地位を固め、徳川家の菩提寺である芝・増上寺の御用を一手に引き受けるようになった。増上寺で営まれる開山忌などの法要に供える大饅頭は、塩瀬が納めるのが習わしだったという。徳川家康自身も嘉祥の儀式を重んじたと伝わり、塩瀬の饅頭はこの行事を支える重要な役どころにあった。

創業以来およそ670年余り、塩瀬総本家は代表銘菓〈志ほせ饅頭〉を看板に、薯蕷饅頭の系譜を絶やすことなく守り続けてきた。今回の〈嘉定饅頭〉は、その長い歴史を意識しつつ、和菓子の日というハレの日に向けて差し出される、簡素ながら来歴の濃い一品である。

塩瀬総本家 嘉定饅頭 紅白の薯蕷饅頭
紅白に押された全国和菓子協会の印/日本橋髙島屋公式サイト

まとめ——3日間だけ、千年の祈りを2個に包んで

〈嘉定饅頭〉は、長く続いてきた和菓子の文化を、紅白の薯蕷饅頭2個というささやかな形に凝縮した記念菓子である。室町以来の老舗 塩瀬総本家の手で、平安・江戸の故事を現代に橋渡しする3日間限定の取り組みは、和菓子の世界の奥行きをそのまま味わえる機会でもある。

ポイント内容
何が塩瀬総本家〈嘉定饅頭〉(紅白薯蕷饅頭・全国和菓子協会印入り・2個入1,296円)
いつ2026年6月14日(日)〜16日(火)の3日間
どこで日本橋髙島屋 本館地下1階 和菓子〔塩瀬総本家〕
背景848年の嘉祥改元と、江戸城で2万個の菓子を下賜した嘉祥儀礼に由来
注意数量限定。売切れの場合あり

販売は6月16日(火)までの3日間と短いうえ、数量限定での取り扱いとなる。和菓子の日の故事に触れながら手に取りたい人は、初日の14日(日)から16日(火)にかけて、早めの時間に足を運ぶ算段で予定を立てておきたい。

この記事は日本橋髙島屋公式サイトの情報をもとに編集部が再構成したものです。掲載写真の出典: 日本橋髙島屋公式サイト。塩瀬総本家の沿革・嘉祥の由来については塩瀬総本家 公式サイト全国和菓子協会「和菓子の日」虎屋「和菓子の日」等を参照しました。最新の開催状況・価格は公式サイトでご確認ください。