帰雁忌 (記念日 9月8日)

帰雁忌

8歳で京都の寺院に預けられ、厳しい修行生活に耐えかねて13歳で逃げ出した少年が、後に直木賞を受賞し、日本芸術院会員にまで上り詰めた作家が水上勉(みずかみ つとむ)です。その忌日である9月8日は、代表作『雁の寺』にちなんで「帰雁忌(きがんき)」と呼ばれています。

1919年(大正8年)3月8日、福井県大飯郡本郷村(現:おおい町)に生まれました。桶造りや宮大工を生業とする家の次男として育ちましたが、幼少期は貧しく、8歳で京都の禅寺に預けられます。寺での生活はあまりに厳しく、13歳のときに脱走。連れ戻された後、寺の蔵書の小説を片端から読み漁るうちに文学への関心が芽生えました。この幼少期の貧困体験と寺院生活が、後年の作品群の土台となっています。

還俗後は店員・行商人・集金人など様々な職を転々としながら、立命館大学国文科に学ぶも中退。小説家・宇野浩二に師事し、1948年(昭和23年)に『フライパンの歌』を刊行しますが、一時は文学から離れます。転機となったのは1959年(昭和34年)の『霧と影』による文壇復帰。翌年の『海の牙』は水俣病を正面から取り上げた社会派推理小説で、第14回日本探偵作家クラブ賞を受賞。1961年(昭和36年)には『雁の寺』で第45回直木賞を受賞し、作家としての地位を確立しました。

1963年(昭和38年)には、青函連絡船・洞爺丸の沈没事故を題材にした大作『飢餓海峡』を発表。社会の暗部に切り込む筆致は高く評価されました。同年の『五番町夕霧楼』、1969年(昭和44年)の『桜守』など、京都を舞台にした情感豊かな作品も多く残しています。受賞歴も重なり、1971年(昭和46年)に『宇野浩二伝』で第19回菊池寛賞、1984年(昭和59年)に『良寛』で毎日芸術賞、1986年(昭和61年)に第42回日本芸術院賞・恩賜賞を受賞。1988年(昭和63年)には日本芸術院会員、1998年(平成10年)には文化功労者として顕彰されました。

2004年(平成16年)9月8日、肺炎のため長野県東御市で死去。85歳でした。没後、旭日重光章を授けられています。8歳で寺に預けられた少年が蔵書に見出した文学への情熱は、85年の生涯を貫きました。

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